037
※「夢主の性別にあれこれ無い人」のみどうぞ。
前編。後編は042。
──「ゼゼ君へ。お腹がすいたら食べてください。」
自分のロッカーに入っていた封筒にはそう書かれていて、ゼゼは口元で扇子を広げた。
こっそりと、愛のこもった手紙をくれるだなんて。なんていじらしい悪魔なのだろう。声援も好きだが、手紙も好きだ。向けられる愛は美味しくて仕方ない。
封筒はハート型のシールで留められていて、これも良いアクセントになりそうだ、と内心喜ぶ。愛をこめて選び、貼り付けてくれたのだろうから。そっと剥がして、手紙を抜き出す。愛の言葉を読むのは嬉しいし、一応の検分もしておきたかった。確認せずにファンレターを喰らい、アンチの手紙だったと苦しむ兄の姿は、今まで何度も見て来た。その二の舞にはなりたくない。
──「ゼゼ君へ。はじめまして。私はバビルスの一年生で、ゼゼ君のことが好きです。喋るのは苦手で、ゼゼ君を目の前にしたら尚更、何も喋れなくなりそうなので、手紙を書かせてもらいました。ロッカーに入れたのも、そういう理由です。こそこそ開けてしまって、すみません。だけど、どうしても伝えたかったんです。」
ほう、と目を細める。正真正銘のファンレターだ。文字は緊張のためか少し震えているのも、なかなかどうして可愛らしい。内容からして、きっと内気なひとなのだろう。けれど、自分への愛を抑えきれなくなって、このような行動に結びついた。さすがは俺だ。
ゼゼは、気分良く手紙を読み進める。一文一文、全てにゼゼの愛が詰まっているような、切実ささえ感じ取れる文体。
読んでいくごとに、ゼゼの脳裏には、送り主の像が出来上がっていった。
制服はきっと改造していないか、襟か袖にアレンジを加える程度。奥ゆかしい佇まい。自分を守るように、身体の前で手を握りがち。
読み終えたあとに食べた手紙はやはり美味しくて、手紙一通で魔力がみなぎるようで、もう一度食べたいと願った。
故に、「ゼゼ君へ。お腹がすいたら食べてください。」の文字を再び目にしたとき、ゼゼは喜びを隠せなかった。以前の通り、ロッカーに入れられたそれを取り出して、また丁寧にシールを剥がす。
──「ゼゼ君へ。こんにちは。私は、以前、ロッカーに手紙を入れたことのある悪魔です。もしかしたら、他の悪魔も同じことをしているかもしれませんが、そのなかのひとりです。この前、ロッカーを勝手に開けたこと、怒っているでしょうか。もし怒っていたら、すみません。でも、お返事を聞く術も無いから、私はまたきっと同じことをしてしまいます。ごめんなさい。どうしても、この好きを伝えないと、苦しくて仕方なくなってしまうんです。我儘だと、呆れるでしょうか。」
呆れるものか。むしろ、またあの味を味わえるのかと思うと、あっという間に腹が空いてしまった。そして、綴られた愛を読めることが、嬉しかった。
二回目の手紙にあった通り、手紙は何度も届いた。
その度、ゼゼは優しく封を開けて、手紙を読んだ。文章という媒体の愛は、声援という耳から入る愛よりも、糧になるのが遅い。それこそ口に入れて咀嚼しなければ、きちんと食べたことにはならない。
いつしか、この手紙を食べてしまうのが惜しくなっていた。
おかしな話だと思う。ゼパル家の悪魔は、愛を喰らう。向けられた愛は、食すことで、自分を形づくる糧となる。たとえ、愛のこもったプレゼントを食べたとしても、それは物をぞんざいに扱った結果ではなく、こめられた愛を受け取った結果なのだ。家系の特性に準じた、愛への誠実さだ。
確かに、食べきってしまうのが勿体無いと思ってしまうような絶品も存在する。けれど、この手紙への、──愛の綴られた文字を、ずっと眺めていたいという感情は、きっとそれとは別物だ。
「…………ふむ」
開いていた扇子を、ぱちんと閉じる。手にしていた手紙を懐に入れて、ゼゼは歩き始めた。
放課後を迎えたばかりの校舎には、未だ生徒たちが溢れかえっている。その廊下をゼゼが歩けば、女子悪魔たちがきゃあきゃあと声を上げた。「ゼゼ君だ」「素敵」「かっこいい」「大好き!」その言葉は美味しくて、けれど、先ほど食べるのをやめたあの味ではなかった。
自分を囲む女子生徒たちに、ときに甘い言葉をかけ、ときに微笑み返しながら、周囲を観察する。
探しているのは、あの手紙の送り主だ。
口下手だから、ゼゼと面と向かえないから、手紙を書いたのだと言った。ゼゼも、その意思を尊重していた。するつもりだった。
けれど、欲が出てしまった。
あの手紙を、もっと、あの悪魔からの愛を、もっと。
腹の奥がぞくぞく疼いて、たまらなかった。
──絶対に、見つけてみせましょう。この、全知全能のゼゼが。
そうしたら、おしゃべりが苦手でもいいから、あなたの声での愛も聞かせてくださいね。
開き直した扇子の下、ゼゼは笑っていた。