038

※友人宅のバラム夢をお借りしています
※視点主(この話の名前変換主)→バラム←→新任教師(友人宅)
 

 「カルエゴ先生は無理そうだけど、バラム先生は、卒業した後ならワンチャンありそうだよね」、なんて話したのは、バビルスに在学していた頃のことだった。カルエゴ先生を好いている友人と、バラム先生が好きな私とで、いつか告白しよう、とひそやかに。
 その約束は、卒業後の就職や日常で遠くなり、そして、

「あの話、覚えてる?」
「えー、何の?」
「ほら……」

 今になって、突然目の前に持ち上がってきたのだ。
 電話越しの友人の声は「楽しそう」という声に満ちていて、「無理そう」な方を好きなはずなのに、よくそんな気分になれるものだ、と思う。知る限り、恋人も何人か作りながら、必ず別れてさえもいるのに。

「時間作ってさ、バビルス行こ? OBだから簡単に入れてもらえると思うよ」
「……バラム先生って今も臨時じゃない? 時間作っても、居るとは限らないよ」
「おっ、乗り気じゃん」
「そういうわけじゃないけど」
「最近は終末テストの時期でしょ? 多分居るって。居なかったらまた行けば良いよ」
「…………」

 居なければ良い、と、居てほしい、が両方湧いてくる。それと同時に、あの頃の思い出も、感情も。
 ──在学中。バラム先生と私の接点は、魔植物師団の活動だった。初めこそ怖い見目だ噂の先生だと怯えたけれど、もっと怖そうな悪魔は他にも沢山居る。むしろ、友人がそういうタイプだった。だから、噂じゃない、本当の性格はどうなのかな、と確かめてみたくなった。

「すごい! 綺麗に咲いたね! この花は育てるのがとっても難しいんだ、君はまめに世話をしてくれたんだね」

 僕が言うのもなんだけど、ありがとう。
 彼は、私の世話していた植木鉢の前に屈んで、そう笑ってくれるヒトだった。
 噂との違いを、私は、そこで知った。
 バラム先生は、優しくて、怖がられるのを気にしていて、植物や動物が好きで、それでやっぱり、優しい先生だった。
 私がバラム先生を好きになるのは簡単なことで、青かった私は会話も上手にはいかなかったけれど、他の生徒よりは交流があった──多分。だって、他の生徒はバラム先生の噂を信じて怖がるだけで、近寄るどころか逃げていた。私は、その噂を信じなくなったし、噂を嘘っぱちだと言い張ることもしなかった。何故なら、その方が、バラム先生に近寄るヒトが居なくなるからだ。

「君は、僕が怖くないの?」
「……そ、の、……私の友達の方が、怖いので」
「……僕より?」
「すごくいかつくて、腕の太さとかもバラム先生と同じくらいで……」
「……あっ、君ど同学年のあの子か! 僕より怖くないと思うけど……」
「な、慣れてるん、です」
「…………そっかあ」

 そういう会話もしたことがある。友人にこのくだりを話したら、「好感度稼いでるじゃん!」と言われ、そして、先の話に繋がったのだ。
 「自分たちは今は生徒だから、真面目に教師をやっている二人に相手にされないだろう。でも、卒業したら?」
 ──「カルエゴ先生は無理そうだけど、バラム先生は、卒業した後ならワンチャンありそうだよね」

「正直さあ、名前、バラム先生のこと、ずっと引きずってるじゃん?」
「そんなこと」
「じゃあなんで恋人作んないの? この前、同僚のヒトの告白断ったの、なんで?」
「それは……ただ……」
「ただ?」

 魅力的に、見えなかっただけ、で。
 言おうとして、音が喉に引っかかった。頭の中の隅っこ、冷静な部分に問いかけられた。「誰に比べて?」
 この前、私を好きだと言ってくれたヒト。そのヒトが、誰に比べて魅力的に見えなかったから、断ったの?
 ──そんなの、とっくの昔、学生時代から、あの笑顔を見た時から、決まっていたのだ。

「……私は」
「うん」
「……バラム先生のこと、まだ、好き」
「知ってたよ」

 耳元で、笑い声が聞こえる。電話を持つ手が震えて、吐き出す息があつくて、自分の身体ぜんぶが茹だったみたいだった。
 私は、バラム先生のことが、まだ、好き。
 自分の心の中で言い直す。
 くすくす笑う声は、未だ続いていた、

「ちなみに、こっちもカルエゴ先生のことはまだ好きなんだよね」
「その割に、彼氏とっかえひっかえしてたよね?」
「まーね、忘れようとしたっていうか、もっと良いヒトが居るはずだと思いたかったっていうか。
 でも、ダメだった。ダメで、なんでかなって考えた時に、カルエゴ先生の顔が浮かんで、その次に名前との約束を思い出して、ああそっか、って」
「……そうなんだ……」
「で、名前も同じなんだろなって今カマかけて、ビンゴ」
「っそうだったの!?」

 衝撃の事実に叫ぶ。電話口から、今度は大きな笑い声が轟いた。普段は自分の容姿を気にして(本性からは相対的に)大人しくしているくせに、友人は私の前ではこんな風に笑う。

「とにかく、今度の空いてる日、教えてよ。バビルス行こ」
「……うん」

 返事は力無くなってしまって、爆音の友人とは強すぎる対比になってしまった。


 そして、当日。学校は放課後の時間。
 私は、準備室で休憩中のバラム先生に対峙していた。

「お忙しい中、すみません」
「んん、いいよ。今日はたまたま大丈夫だから。少しの間で申し訳ないけど。今、魔茶淹れるね」
「あっ、ありがとうございます……」

 ほとんど初めて入った準備室は、まさしくバラム先生の城だった。そういえば、昔、バラム先生はほとんどここに住んでいるようなものだ、と聞いたような気がする。つまり、言ってしまえば、今の私は、好きな人の部屋か家に邪魔しているようなものだ。
 試験前に訪れてしまった罪悪感──これには予定を立て切ってしまってから気付いたが、友人が「今行かなかったら次もなあなあになりそう」と譲らなかった──と、魔茶をいただく畏れ多さと歓喜で、手が震えそうだった。椅子の上で、どうにももじもじしてしまう。
 今頃、友人も、カルエゴ先生のところに行っているはずだけれど、こんなに緊張はしていないんだろうな。

「……それで、何の用事だったの? 今、僕の知識が必要になるような仕事だったりする?」
「え、えっと、そうじゃなくて、あっ、でもっ、色々仕事やってみたんですけど、今は花屋でっ。花屋、あの、続けるの楽しいですっ」
「花屋かあ、素敵だね! 師団の頃から、植物を育てるのが上手だったものね」
「! は、はい!」

 覚えていてくれた。嬉しさに緩む顔を、俯いて隠す。バラム先生は背が高いから、わざわざ俯かなくたって見えにくいだろうけれど、気持ちの問題だ。
 ──どうしよう、覚えていてくれたのが、こんなに嬉しい。
 もともと真面目な先生で、しかも位階は私よりずっと高いのだから、生徒ひとりひとりを覚えるなんて簡単なことかもしれない。でも、恋心を思い出しつつある私にとっては、浮足立つに十分な要素だった。
 ──もしかしたら、私のことを気になっていたから、覚えていてくれたのかもしれない。
 だって、あの頃、バラム先生と仲の良い生徒は私ぐらいだった。他のヒトは、噂に怯えて逃げていった。
 私だけだった。
 私だけだったのだ。

「バラム先生、好きです」
「! えっ、……それは」
「ずっと好きでした、あの頃から。
 バラム先生、私と付き合ってください」

 言ってしまうのは、案外簡単だった。熱に浮かされた悪魔なんて、そんなものだ。衝動的で歯止めが利かない。
 告げる前に顔を上げていたから、驚くバラム先生の様子がよく見える。びっくりして固まって、それから、ゆっくり、手に持っていた魔茶を置く。
 そしてその手が私に伸びて、ああ!

「これ、一回ちょうだいね」
「えっ、あ……」

 私には触れず、私が同じように持っていた魔茶を、手からすり抜かされる。バラム先生側のテーブルに置かれて、その動作の静かさに私の頭も冷えるようで。
 ようやく、私は今のバラム先生の姿を、本当の意味で認識した。
 バラム先生が私を見る目は、あのとき、生徒に向けてくれた色で、他の熱っぽさなんかは、存在していない。

「──ごめんね」
「…………」
「僕は、その気持ちに答えることはできない」
「……どうして、ですか? 私はもう、生徒じゃないのに!」

 勢いづいて立ち上がった。その動作をしてから、バラム先生が私から魔茶を取り上げた理由に気付いた。
 私が立ってもなお、座ったままのバラム先生は、私を見下ろすかたちになる。そこに一瞬怯えてしまって、後悔する。

「君は確かに、もう僕の生徒じゃない。けど、教師によっては、余程のことが無い限り、生徒はずっと生徒だと感じてしまう場合がある。僕もそうだ」
「じゃあ、そうじゃなくなってください」
「……難しい」
「じゃあ! 私じゃ駄目なのは、どうしてなんですか! 生徒だから生徒だからって! 言い訳なんじゃないですか!? 本当は他の理由があるんじゃないんですか!?」

 自分でも、支離滅裂で、しかも、バラム先生の教師としての意識を傷付けることを言っているのはわかっていた。けれど、止まらなかった。
 だって、「バラム先生の生徒だったから」っていうのが理由だったら、私がバラム先生に応えてもらえない理由は、バビルスに入学したことそのものになってしまう。バラム先生の生徒になれたから、彼と出会えたのに、その出会いから全て、私にとってはあやまちだったことになってしまう。好きなヒトに好きになってもらうには、出会いからやり直すどころか、もっと決定的に運命が違ってなければならなくなってしまう。バビルスに入学したこと。私が、バラム先生よりずっと遅くに生まれてきたこと。──あのとき、バラム先生に、笑顔を見せてもらったこと。
 そんなの、あんまりじゃないか。
 滲みそうになる視界の中、ハンカチが差し出される。その優しさが好きだった。今も好きだ。でも、怒りを増長させる要因でもあった。
 唇を噛み締める私に、バラム先生が眉を下げる。

「……『生徒だから』以外の理由も、あるよ。そこに嘘はつけない」
「あるんじゃないですか! じゃあっ、どこなんですか!?」
「どうして知りたいの? きっと、君は傷付くよ」
「良いんです! 教えてくださいよ、私の何が悪かったのか!」

 感情が抑えきれない。私のことを気遣ってくれているはずのバラム先生に、しびれを切らしてくる。どうしてこうなったんだろう。本当は、もっと落ち着いて好きだって言って、いいよとかごめんとか優しく言ってもらって、それで済んだはずなのに。
 理想と現実が、どこにいってもちぐはぐだ。

「……じゃあ、ひとつ、聞いても良い?」
「良いですよ、なんでも!」
「────君は、僕が悪いことをしてるって噂について、どう思ってた?」

 ヒュッ、喉が鳴った。
 足がもつれる。
 ──あの頃、バラム先生と仲の良い生徒は私ぐらいだった。他のヒトは、噂に怯えて逃げていった。
 ──だって、他の生徒はバラム先生の噂を信じて怖がるだけで、近寄るどころか逃げていた。私は、その噂を信じなくなったし、噂を嘘っぱちだと言い張ることもしなかった。何故なら、その方が、バラム先生に近寄るヒトが居なくなるからだ。
 転がるように、準備室を出た。
 上手く動かない足で、廊下を駆ける。
 その途中、見知らぬ教師とぶつかった。
 
「わっ、大丈夫ですか!?」
「……だいっ、じょうぶです!」

 その言葉だけ交わして、私はまた廊下を走って行った。
 あの教師が向かったのは準備室の方向だ、と一瞬気付いて、すぐに蓋をして、ス魔ホを取り出した。
 人気の少ない中庭の隅に辿り着いて、魔インの画面を開く。友人から、通知が来ていた。
 送られてきたメッセージには、

「試験前に来る時点で落第だって! じゃあ暇な時間教えてください、また来ますって言ったら、行動に移すのが遅かったから落第なんだって! 悔しい~! ワンチャンあった~!
 そっちはどう? 連絡してね~!」

 はは、と笑い声が零れた。堪えていた涙も、とうとう溢れ出した。
 あの子も、私も、遅かった。あの子は動くのが遅くて、私は、何もかもが。
 既読に気付いたのであろう友人が魔インを次々に送ってくる、その通知音を聞きながら、私は膝を抱えて顔を埋めた。
 どんなに泣いたって、もう過ぎてしまったことなのに。


 ***

「ね、君はさ、僕の噂についてどう思ってた?」
「えっ、突然どうしたんですか。
 ……何言ってんだこいつ、と。ちゃんと見てればわかるのに、なんでそんな噂に踊らされるのかと」
「……、ありがとう」
「? いえ、こっちが勝手にバラム先生を慕っていただけなので……?」



230305 約30の嘘