10
オリアスが職員寮に帰宅すると、玄関にダリが立っていた。
「おかえりなさい、オリアス先生」
「ドーモ、ただいま帰りました」
「いやあ、オリアス先生も隅に置けませんねえ」
「おや、ダリ先生ともあろう方が、俺の星が羨ましいんですか?」
「またまた、すっとぼけなくてもいいんですよ」
やべえ。
オリアスの心中は、その言葉で溢れかえった。けれど、悟られぬよう、笑みは絶やさない。
ひと息に自室まで駆けていこうと試みる、その腕を掴まれた。
「恋人とのおでかけは楽しかったですか?」
「えっ、オリアス先生に恋人!?」
「マジで!?」
「…………はぁ~~~~…………」
耳聡い教師たちの声が、共用スペースから聞こえてくる。どたどたと大勢の足音がした。
まずいことをした。誰が、どこで見たのかまではわからない。人の多いゲームセンターか、その後に喫茶店へ行ったときか、それ以外か。全部、あり得そうな気がしてくる。特に喫茶店などは、誰に見つかるかなど考えず、名前を落ち着かせるのが先だからと、近場を選んだのだ。時間を外したとはいえ、あの周辺は人が多い。
好奇心に満ち満ちた瞳ばかりを向けられ、オリアスは“占星”をオンにする。
「目撃した先生の話を聞くに、ゲームセンターに居たとか。で、恋人さんは暗い顔をしていたそうですけど、オリアス先生、何をしたんですか?」
「えっ、もしかして幻滅されて振られちゃった!?」
「『まだ』恋人ではないです。暗い顔してたのは俺のせいじゃありません、あの子の問題です。以上。夕飯は外で食べてきます!」
捕まれた腕を、「たまたま」うまく引き抜く。振り返り、全速力で玄関を駆け抜けた。飛行可能の標識が横目に入る。
ともかく、今なら逃げおおせるだろう。他の教師たちだって、楽しさを長く味わうために引き際を選ぶはずである。
「は~~~~、もう………………」
マジカルストリートはずれの公園は、夕飯どきなのもあってか、子どもたちなどの姿は無い。疲れた顔の大人がベンチに寄り掛かっているくらいである。
それとはまた別のベンチに、オリアスも座る。今日は夜の会議も無かったはずだから、教師たちの寝静まっている朝方に帰ろう。
自販機で水を買ってきて、一息つく。
と、ポケットから電子音が聞こえてきた。
まさか先生方じゃないだろうな。警戒しながら取り出せば、画面に表示されていたのは。
『オズワールさん、今日はありがとうございました。変なことをしたり、言ったりしてしまって、すみません』
「名前……」
思わず、口から零れる。そして、口端が勝手に持ち上がった。
なんだか、癒された。逃走も成功したことだし、“占星”を切る。ス魔ホに指を滑らせた。
『いや、気にしてないよ。今は家に着いたとこ?』
『はい。着きました』
おや。「はい」で終わらなかった。
それで、昼間の件を思い出す。「仲良くなるにはどうしたらいいですか」と、泣きそうな声で聞いてくれたことを。
笑みが深まる。なんてかわいい。
──あの子は、俺が「欲しい」んだ。
確信を、もう一度。あの時の口振りは、やはりそういうことだった。
仲良くなりたい、という。それは、ただ共に遊びに行くだとか、魔インや電話をするだとか、そういうことではなく。そこには収まらない、もっと先の。
──ケド、自分で気付くまで、教えてあげない。
だって、やっと同じテーブルについてくれた。己と同じ、相手のすべてに一喜一憂してしまう、惚れたほうが負けのゲームに参加してくれたのだ。
それに、最初から全部答えを教えてしまうのは、勿体無い。ヒントはあげてもいいけれど、答えの丸写しでは、今までと変わらない。流されるだけの名前のままになってしまう。
──もっと、俺を欲しがって。自分の「欲」に気付いて。
──そのときは、ちゃんと答え合わせをするから。
笑みが消えない。
『次、遊びに行くならどこがいいとかある? ゲーセン再チャレンジしよっか?』
送ったメッセージに、すぐ既読の印がつく。しかし、返信はなかなか来ない。
考えてるんだろうな、俺と仲良くなるにはそれでいいのか、他にどうしたらいいのか。
目に浮かぶようで、背筋がぞくぞくする。オリアスの縦長の瞳孔は開いて、ぎらぎらと輝いていた。
『オズワールさんの好きな場所はどこですか』
『ん~、実は自分の部屋が好きだけど。外出るなら、やっぱりゲームショップかな。ゲーセンも好き。あとは本屋とか? ボドゲやTRPGのルルブがある店だとなおよし!』
ここで、また間が空く。一生懸命なんだろうな、見たいな、いつか見せてもらおう。気持ちが逸ってしまう。
──仕方無いでしょ。あんなに表情も感情も鈍かった子が、俺のことでそういうの全部ぐちゃぐちゃにしてるんだから。
愛しさに加えて、楽しさや面白さも湧いてくる。なにせ悪魔だ。そういう意味では、オリアスをからかう気満々の教師たちといい勝負なのである。
『じゃあ、ゲーセンにしましょうか』
『オッケー。他は?』
困らせる、悩ませるのをわかっているから、問いかけで追撃してしまう。しんどいだろうなあ、あのときすっごく戸惑ってたもの。だけど、まだまだ振り回したい。
次はどう仕掛けてくるのかが楽しみで、画面から目を逸せない。
ぽこり、動いたチャット欄に視線で食らいつく。
『また、手を握ってもらってもいいですか』
「──、…………」
『今日手を握ってもらったの、嬉しかったんです』
『いいよ、手繋いで歩こう!』
──う~ん、天然てか、無知ゆえの攻撃がなかなか強力!
してやられたな、と胸中で呟く。
──いいんだけどさ。強敵を倒すのも、ゲームの醍醐味だから。
どんどん面白くなってくる。勝利を勝ち取ったときの喜びはいかほどか、想像するだけで喉が鳴った。
はやく、その甘露を味わいたい。
──だから、名前。
──きっと、ちゃーんと俺に負けてちょうだいね。