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 オリアスが待ち合わせ時刻より30分早く到着すると、既に名前が立っていた。

「……え、早くない?」
「オズワールさんこそ、早いと思います」
「いや、それはそうなんだけどね。俺よりも早く来ちゃったか」
「だ、めでしたか」
「ううん、スピード勝負は君の勝ちってコト!」

 不安げな色を見せた名前に、拍手を浴びせてやる。目の前の強張った肩から、力が抜けていった。
 まだちょっと不安定かな。
 観察しつつ、より名前の近くへ歩み寄る。

「今日もかわいいね」
「……あ、りがと、ございます。あの、オズワールさんも、その、……」
「俺も?」
「……、……ええと……」
「なぁに、どうなの? かっこいい?」
「かっこ……、というか。
 えっと、なんか、……胸がぎゅっとします」

 ハイ、初手から強力。ありがとうと笑いかけるが、なんだか幸先が怪しくなってきたな、と内心で独りごちた。同じ盤面で向き合っているはずなのだけれど、ビギナーズラックが大きすぎやしないか。
 ラックに関しては普段のオリアスも人のことは言えないのだが、“占星”を使っていない今は、パラメーターの高さは名前が勝っているのかもしれない。
 気持ちはわかるんだけど。俺も名前の私服見たとき、「かわいい」とかの前に「好き!」ってなっちゃったからね。それで、「好き」を自覚してないなら、そういう言い方をせざるを得ないよね。うーん、かわいくて、手強い。
 半分満足で、残り半分に悔しさがあった。
 故にカウンターを返すべく、名前へ手を差し伸べる。

「手ぇ繋ごっか」
「っはい!」

 わあ、嬉しそうな声。そんで、ちょっと焦ってる。手を握ると、ぴゃっと効果音がつきそうな身体の揺らし方をした。
 名前は以前に比べて、ずいぶんと感情がわかりやすくなった。明確な変化にほくそ笑む。これが自分の前だから、自分に対してだからであるなら、なお良いのだが。残念ながら、現在のオリアスには、確認する術が無い。名前が他の誰かと接するところを見られるような予定が無いので。
 ──まあ、俺だからだと思うけど。
 オリアスの自信はばっちりである。握った小さな手を、軽く引いた。

「んじゃ、ゲーセンね。今度は音ゲー見せよっか?」
「……オズワールさんが好きなの……」
「えー、俺は名前が見たいやつがいいな」
「…………うう……」

 目の前に機体がなければ、家系能力は使えないだろう。それとわかっておきながら、意地の悪いことを言ってみる。肩を竦める名前はいっそうちんまりとしていて、はやく抱き締めても良い関係になりたくなった。

「そうそう、今日行くところ、前のとことは別の店舗ね」
「は、……そうなんですか?」
「うん。おっきい店だから、種類も豊富だよ」
「…………、さっきの、聞いた意味、あんまり……」

 不満げな名前に、そうだね、などと笑い返す。名前の表情は、相変わらず変わりにくい──一朝一夕で表情筋が働くなるようになるわけがない──けれども、瞳や仕草、声色は少しおしゃべりになった。今も、抗議するような目でオリアスを見ている。
 それが、やはり、嬉しい。

「……えっと、なんで違う店舗なんですか?」
「あー、うん。それはねぇ」

 歩く道すがら、名前が尋ねてくる。会話を増やそうとしているようだった。
 問いかけられたオリアスは少しばかり考えた。特に理由はなく、話す機会もなかっただけだが、自分がバビルスの教師だと教えていなかったからだ。この前の様子を他の教師に見られていたと話すついでに明かしてしまうか、どうか。
 結局、話すことにする。

「この前の、同僚に見られてて、うるさくてさ。名前と出掛けるとこ見られてても構わないんだけど、面白がられるのが癪で。
 ちなみに俺もその人も、バビルスの教師」
「……そうだったんですか?」
「そうだったんです、実は」

 驚愕を宿す名前に、人差し指を立ててみせる。ぽかんとまではいかない、少しだけ開いた口がかわいい。

「あの、その、若いのに、すごいですね」
「でしょ! 大変なこともあるけど楽しいよ」
「……すごい……」

 素直な感嘆を注がれて、少しばかり照れ臭くなる。誰に褒められても、得意にはなれど照れるほどには感じなかったはずなのだが。
 顔に出ないよう気を付けつつ、会話を続ける。

「名前は、あれってバイト?」
「はい。……、この後、どうするか悩みます」
「もう少し続けるか就職するかってコト? 何かやりたい仕事あるの?」
「……、……」

 名前は口籠もる。まあ、そうだよね。オリアスは心のどこかで納得していた。
 名前は、明らかに、欲が薄い。
 悪魔とは、自己本位なものだ。伴って、自分と無関係の他者に対する関心も少なくなるのだが。基本的に、欲に忠実で、自分にとっての利益を求め、自分のしたいことをする。
 ──そんな、欲の薄い子が、俺を欲しがってるんだよねぇ。
 ある種の欠落だとは思う。けれど、どうにも歓喜へ結びつけてしまう。オリアスもまた、自己本位な悪魔なのだ。
 ──それだけにするつもりはないけど。ゆくゆくは、もっと一緒に居ることになるんだから。すり合わせておくべきところは、沢山ある。
 まずは、名前が自分自身に気付くところから。さりげなく導きながら、己の力で辿り着いてもらわなければ。

「……オズワールさん、なんか、いつもより、……ええと、楽しそう、ですか?」
「正解! でも、君と居るときはいつも楽しいよ」
「そ、……ですか。よかった、です」

 名前が少しだけはにかむ。その頬は、しっかりと赤かった。

膨らむ星を宥めにおいで

title by alkalism 220616