幕間03

 あの男悪魔と自分がどうなるか、初めて見たときから知っていた。
 彼を見た瞬間、己がこの店で働くと決めた日のことを思い出したものだった。

「ここで働きます」
「……君の履歴書、見せてもらったが。君の家系能力と位階が勿体無いんじゃねえか? もっと良いところに就職するか、占い屋でもやったほうが合ってると思うぜ」
「いえ。ここで働かねばならないんです」
「……ああ。それも、能力で『視えた』のか」
「はい」
「まあ、君がいいならいいけどよ。うちも人手は欲しいし、その能力はこんなとこでも役立つだろ」

 アルバイト募集で、面接をしてくれた店主は優しかった。自分を慮ってくれていた。
 けれど、ここで働くのを逃してはいけないのだと、「視えた」から。なぜそこまで重要なのかはわからずとも、いつか分かる日がくるのは確実なことだった。
 それが、彼だったことに気付いた。
 なればこそ、彼を気にするようになるのは当然のことだった。だって、「視えて」いる通りならば、そのうち、向こうからなんらかの行動を起こしてくるに違いなかった。
 今までも、そうだった。
 だというのに。

「これ、お願いします」
「はい、少々お待ち下さい」

 何度顔を合わせても。
 
「すみません、探している物があるのですが」
「はい」

 彼は、自分に踏み込んでこなかった。
 ──どうしてだろう。
 ──なんで、いつもと違うんだろう。
 今は道を違えた仲の良い悪魔も、あちらから話しかけてきたのに。
 不思議な日々は積み重なるばかり。
 それがどうにもしっくり来なくて、ある日、自分から話しかけることにしてみた。

「お客様、よくいらっしゃいますね」

 男は非常に驚いた様子だった。なぜそんなにも驚くのか、わからなかった。しかも焦ってみせて、弁明らしきものを始めたから、自分の方が驚いた。怪しまれていると勘違いされたのがわかって、否定すれば、ほっとしたように身体を弛緩させていた。
 そして、去った。

「……?」

 ──おかしいな。なんでだろう。
 「視えた」ことから考えるに、この程度の接触で終わるはずが無かった。仕事が終わったあと、「視て」、彼の後を追ってみた。
 追いついたコンビニで、ようやく、彼との接点が少し増えた。それでも、「視えた」ぶんには程遠い。連絡先を交換したのに、遊びに誘うことすらしてこない。こちらもまた不思議で、魔インで問いかけてみると、やっとその通りになった。
 それからは、まあまあ、「視えた」とおりの印象だったと思う。
 彼と自分の仲は、しっかりと進行していた。
 これで順風満帆、翼で快晴の空を飛ぶように、上手く行くものだと思っていた。
 ──連れてきてもらったゲームセンターにて、あんなことが起きるまでは。
 苦煉ゲームの中にあった、黄色にふと目を惹かれた。隣の男の色を、想起したからだ。
 けれど、その黄色は、「視えない」ものだった。
 珍しいことではない。自分は今まで「視えない」にも沢山出会ってきた。もっと言えば、そういうものの方が多かった。
 いつもの通りだ。問題は無い。
 故に、ちゃんと「視える」ゲームを指さした。
 だのに、彼は強引に、自分を苦煉ゲームへ向かわせた。「ハッピーを運ぶ」などと言っていたけれど、絶対にそうはならないと思っていた。だって「視えない」。彼は確実に、何度やっても失敗するはずだった。
 ──失敗する、はずだったのだ。
 ──彼は、成功させてしまった。
 信じられなかった。心臓がばくばく脈打って、米神のあたりでうるさかった。
 渡された黄色の念子に、もう一度能力を使った。
 ────「視える」。
 「視えない」だったのが、「視えて」しまった。
 「視える」ものになったのだ。
 信じられなかった。
 今まで、起きた試しが無かったのだ、そんなこと。
 ほとんど頭が真っ白のまま、喫茶店へ連れて行かれる間も、席に座ってからも、ずっと考えた。
 今までと違うことが起きたのは、何故か。
 ──彼が居たから。
 違いと言えば、それだ。けれど、もっと突き詰めて言うならば。
 ──彼に、そういう力があったから?
 そんな結論に、行きついた。行きついてしまってからは、まるで思考が固まってしまったみたいに、それを前提に考えることしかできなくなってしまった。
 ──彼は、私が「視る」ものについて、覆すことができる。
 男は、「視えない」を「視える」にした。では、「視える」を「視えない」にすることも、可能なのではないだろうか。彼がやろうと思えば、できてしまうのではないか。
 ──彼と自分の間の「視える」ものも、「視えない」に、してしまえるんじゃないか。
 そこに至って、羽管を氷漬けにされる錯覚を覚えた。
 ──もし、そんなことが起きてしまったら。
 それは、初めての絶望に対する、予感だった。
 誰とのことも、何とのことも、初めから「視え」ていた自分が、決して経験するはずのないことだった。
 初めから絶たれるのだと知らずに、絶たれることがあるなど。
 ──考えたくも、無い。
 ──だって。
 ──私は。彼に興味があって。
 ────私は、彼と。彼と……?
 渦中の男に、ふと目が行った。途端、脈拍の音が耳に触り始めた。
 ──私は、彼と、……どうなりたいんだろう。
 それもまた、初めての疑問だった。「視える」相手とどうなるか、初めから知っている自分が、考えるはずのないことだった。
 しかし、今は。考えなければならないと思った。
 だって、そうでなければ、……そうでなければ、何なのか、わからない。けれど。
 ただ、とにかく。
 ──彼を、逃がしたくない。
 ──彼が「視えない」になるなんて、耐えられない。
 ──じゃあ、どうしたらいい。
 考えて、考えて、なんとか振り絞って、彼の名を呼んだ。

「うん、なぁに」

 優しい声音が耳をうって、どうしてか、泣きそうになった。
 やはり、なぜかそれも見せたくなくて、必死にこらえた。ぐちゃぐちゃの頭の中をひっくり返して、彼を繋ぎ止める言葉を探した。

「オズワールさんと、なかよくなるには、どうしたらいいですか」

 その問いに対する返答は、無情だった。

「今でも、けっこう仲良くなれたんじゃないかと俺は思ってるよ。
 もっと仲良くなりたいなって思ってもいる。
 だからこうやって、遊びにも誘ってるんだよ」

 ああ、そうだ。今も仲の良い悪魔のようになれている。「視え」た通りに。
 けれど、それだけでは駄目なのだ。それだけでは。
 もっと、確実に、「視えない」にならないように、決定的な何かが必要だった。
 わかっているのに、その何かを得る方法を、自分は知らなかった。
 周辺視野の外側から、彼の手が伸びてくる。拒まなかった。だって、彼を逃がしたくない自分には、目に見える繋がりは安心できる要素だった。そっと手に触れられて、また心臓が跳ねる。今度はあまり苦しくない音をしていて、あたたかな手を重ねられるのが、うれしかった。
 そう。
 ──こういう風に、ずっと居たい。オズワールさんと、ずっと。

「また、おでかけしよう」

 その望みは、彼が言うその誘いに乗るだけで、間に合うのだろうか。
 どうにか、叶うのだろうか。
 わからないまま、けれど約束もまた分かりやすい繋がりであったから、肯定を返した。

喉を滑り降りてく連星

title by alkalism 220616