07
一昨日、日課になった名前との魔インのあと、オリアスはよく眠れた心地がしなかった。だって、あんなの爆弾だ。『期待しちゃうよ』とか送りそうになった。危ないところであった。そういう駆け引きはまだ早い。
学校で手を抜くつもりはさらさら無いので、いくら寝足りなかろうと仕事はこなしたが。一人の恋する悪魔である前に、自分は教師である。これは矜持だ。
ハットとスーツでキメて、生徒たちに占星術その他を教え、頼れる者、乗り越えたい者として余裕を見せる。
その反動か、寮で私服に着替えてのち、仕事に関係無い時間ができると、ドッと一昨日のことを思い出してしまう。今もベッドの上、天井を見ながら悶々としている。
──名前は、以前から、俺を気にしてくれてたのか。
思い返せば、確かにそうかもしれない、と考えつく。他人に踏み込まない様子の名前が、自分から話しかけてきたのだ。なんなら、『でかけようと誘ってくれないんですか』という旨も、名前からである。
──それだけじゃない気もするけど。
表現に迷うが、名前が自ら話しかけてきたときの口振りは、一貫している。
「自分にアクションを起こされると思っている。けれど、そうではないから、不思議がって話しかけてくる」というような。
「……“読心”、いや、“予知”……?」
名前の家系能力由来だという推測が当たっているのならば、名前が持つのは、そのような力かもしれない。
直接聞いてもいいが、それでは面白くない。ス魔ホを手に、あれこれ考える。名前のことを、色々と。
その中で、よぎった願望があった。
──声、聞きたいな。
会える時間が少ないからこそ、メッセージだけでは足りなくなってしまう。餓鬼かよとも思うが、元より悪魔は我慢が苦手なのだ。
“占星”を使っていない今、電話できるタイミングになっているだろうか。向こうにも、向こうの生活がある。それに、いつも魔インをする時間より少し早い。迷惑でなければいい。
それで、もし、お互いに時間があるのなら。
まさしく、運命かもしれない。
そんなことで運命を感じるなど、馬鹿らしいと思う。けれど、名前とのことは、「そんなこと」でも価値があった。どんなことでも、特別だった。
どうしてこれほど惚れているのか、オリアス自身にもわからない。
いや、わかってはいるのだ。
そりゃあ、何か劇的な出会いをしたわけでも、イベントがあったわけでもない。ただ、遠くから仕事の様子を見ていたのみだった。それでも、自分の目には十分だったのだ。真面目さは窺えるのに、表情は変わらないのが読めなくて、なんとなく気になった。難しくて、面白かった。コンビニで会ったとときも、読めないのは変わらなくて、更に疑問が積み重なった。そのうえで、やっぱり、見えない心根のやわらかさにも触れた。
あとはもうトントン拍子だ。一度気になりだせば、もう止まらない。
わかってはいるが、その想いの強さに自分でも驚いでしまうというだけ。
「……電話、かけてみよっかな」
先ほど思いついたことにも、耐えられない。念には念を入れて、魔インで『今電話してもいい?』と尋ねる。『はい』が返ってくるのはすぐだった。
緊張しつつ、通話ボタンを押す。
「もしもし、オズワールだよ」
「はい。名前です。どうされましたか」
「んー、たまには電話もしてみようかな~と思って。時間とか大丈夫だった?」
「はい」
ああ、この声だ。
元から頻繁に会っていたわけでも無いのに、いやに久しぶりであるよう感じられる。
何から話そうかな。オリアスは思案する。
しかしそれよりも先、淡々とした声が耳を撫でた。
「おすすめしてもらったゲーム、それぞれやってみました」
「ホント? どうだった?」
「面白いです。パズルのものは敷居が低いように思います」
「そうだね、操作とっつきやすいし、難易度によってサクッとでも頭使ってでも遊べるのもメリット!」
はい、というお決まりの肯定を聞く。
自分が選んだものを気に入ってくれるのは嬉しい。ゲーマーとしては、少しずつ色々なゲームに触れてくれたらと思う。話題が増えるのも喜ばしい。
ゲームの面白さに魅了されてくれたら、次は何を勧めようか。今から楽しみになってしまう。
「オズワールさん、本当に初心者向けで教えてくださったんですね」
「ん、まあね! 歯が立たないものに燃えるのもゲームの醍醐味だけど、慣れない子に難題吹っかけて、諦めたり飽きたりされたらイヤだからさ」
「ありがとうございます」
「俺が、名前にゲームを好きになってほしいだけだよ」
電話の向こうが沈黙する。不思議そうに首を傾げる様が目に見えるようで、オリアスは笑った。電話越しだとはわかっていながらも、つい人差し指を立てる。
「好きな物を共有できたらいいなって。ゆくゆくはふたりで遊べるやつもやれたら楽しそうだしね」
「なるほど」
その得心は、「オズワールさんはゲームが好きだからな」というものだろう。自分の下心には、恐らく気付いていない。なんて無防備なのか。
しかし、その無防備さも厄介なのだ。オリアスがいくら押しても、流されてはくれるかもしれないが、それは名前の強い感情が自分に向いているということには、きっとならない。
ギミックがある系のボスキャラっぽいよね。複数攻撃対象があるうち、ひとつだけが本体で、他のダミーを倒してから本体を倒さないと、いくらでも復活してくるやつ。
ゲームの話をしているからか、余計にそういう喩えが浮かぶ。
「あと、あの、魔獣の育成? みたいなのも、いいかなと」
「あ、実は好きかもしれないなって思ってた!」
「そうなんですか」
「うんうん、まめに見て世話しないといけないけど、そういうの得意そうだから」
名前の仕事ぶりを見てチョイスしたタイトルを挙げられて、ちょっとだけ勝った気になる。名前について予想したものが当たった。
「育て方でいろいろ進化するから、そしたら教えてね」
「はい」
ついでに、次の話題をゲット。高難易度ミッションの、できるところからを少しずつ攻略していく。
まあ、なんか、ゲームの中の魔獣が名前に世話されているところを想像すると、言いようのない気持ちにもなるけれど。俺って心狭すぎないか。名前にだって、リアルの使い魔も居るだろうし。……どういう魔獣なのだろう。使い魔は使役する悪魔に似るから、大人しくて命令もきちんと熟し、でも少し突飛さと愛嬌のあるような子だろうか。……これ、教師やってるがゆえの気になり方してるな。
思考をリセットする。今は、電話中の名前その人のことを考えよう。
そうだ、せっかく電話にも踏み切れたのだし、折角だから。
マイクを遠ざけて、軽く深呼吸。
「あとさ、今度また、どっか遊びに行かない? 昼ご飯とか。
そのうち、一緒に好きそうなゲームも見に行きたいと思ってるんだけど、それはもうちょっと先ってコトでさ」
「遊びに、ですか」
──アレッ、「はい」じゃない。
次どころか三度目以降の約束も一緒に取り付けちゃえと思ったのがまずかったか? いや、まず遊びに行くこと自体に引っかかってるんだもんな、違うか。
エッ、俺と遊びに行くのイヤ? この前なんかイヤな思いさせた?
さーっと血の気が引くのを感じる。そこまでの拒絶は想像していなかった。
ヤバイ、頭真っ白になった。いけない、フル回転させろ、名前が何を思っているのか考えろ。
心臓が気持ちの悪い跳ね方をする。脈拍が速くてうるさい。沈黙が長い、このまま長くしてはいけない。何か言わなければ。
それで、エット、なんて言ったら、
「オズワールさんの家は、だめですか」
「へっ!?」
──何言ってるんだ、この子!?
「オズワールさんがどういうゲームをしているのか、気になったので。見に行ってみたいと」
「アッ、あ~~~~……、そういうコトね!」
いや、そういうコトで済まされないのだが。俺が悪い奴だったらどうするんだ。そこそこの年齢同士で、プライベートなスペースに入ることを、同意と見なすような輩も居るというのに。
先ほどとは違う心配が湧いて出る、のを、一昨日の「オズワールさんだから」が打ち消した。あ~~~~、ホント、期待しちゃうでしょって。
身体が弛緩する。ごろりと寝返りを打ち、ス魔ホを当てていない耳のほうを下にした。
「俺、寮住みなんだよね。部外者は立ち入れないし、同僚もうるさくしそうだから、難しいな」
「……私の家にゲームを持って来てもらうのは、大変ですよね」
「ハハハハ、な~に、そんなに俺がゲームしてるところ見たい?」
「はい」
だから!
胸の内で叫び、口では笑い声をあげて発散する。
自分は嬉しい。確かに嬉しいが、名前の距離の詰め方はどうなっているんだ。
頭を掻く。その拍子に髪が目の前まで垂れてきたので、後ろへ撫でつけた。
「それもまた今度にしようよ。ゲーム持ってくのはいいんだけど、名前のゲームの知識と好み次第で選びたいしさ」
「……はい」
「絶対だから! 約束する!」
残念そうな声だと聞き取れて、間髪入れずに叫ぶ。くそぅ、本当にかわいい。段階は踏みたいけど、気持ちが急きそうになる。ゆっくり進めたい気持ちは絶対にあるのに。
ひとまず言葉を尽し、今のところは、最初言った通りの昼食と買い物で、と納得してもらった。
自分のことで珍しく感情を揺らしてくれたのがとてもハッピーだったけれど、できれば表情も見たかったから。