06
「最近、オリアス先生楽しそうですね」
「えっ、そう見えますか? まあ、俺は常にラッキーなので」
「あはは、またまた。ラッキーにも程度があるじゃないですか。すっごい、とびっきりのラッキーがあったんじゃ?」
「アハハ、そう言われてしまうと」
──否定するしかないですね。
という言葉を飲み込んで、オリアスはダリに笑いかけた。
「遊戯師団で購入した新しいゲームが名作で! 生徒たちも俺に挑んではボロ負けするもんですから、面白いったらないんですよ」
人差し指をぴっと立てたお決まりの仕草を伴い、告げる。白昼堂々、職員室で、運命なんて言って堪るか。
幸い、学校では存分に“占星”を使っている。誤魔化す自分に何かを言う前、ダリの元に別の教師が歩み寄ってきた。「お話中にすみません、この書類なんですが」それを聞きつつ、オリアスも机の上で教材をまとめる。このあと、占星術の授業がある。立ち去る理由としては持ってこいだ。
「では、次があるので」
ウインクひとつと、別れの言葉を置いて去る。
──相手がダリ先生で良かったかもしれない。隠し事があると勘付かれても、彼ならまだ泳がせてくれそうだ。……“虚偽鈴”を持っているのが、下手に突っ込んでこなさそうなバラム先生でよかったな。
荷物を片手に、まだ授業中の校内を歩く。教材の陰で、こっそりス魔ホを取り出した。写真フォルダのパスワードを入力すれば、先日、名前と出掛けた際の写真が表示される。喫茶店で撮ったもの、その後に足を運んだ雑貨屋で撮ったもの。自分と映る名前の顔は、不思議そうにきょとりとしていた。頬が緩む。
雑貨屋では、星モチーフの角飾りや尻尾飾りを見る度、いつかプレゼントしたい、と考えてしまったものである。今回は名前の分まで昼食の代金を支払ったので、それ以上はできなかったし、まだアクセサリーを贈る仲ではないと踏み止まったが。ゲームで例えるなら、ガンガンいこうぜではなくいのちだいじにがオリアスの方針である。
──もっとグイグイ行っても拒まれない気はするんだけどさ。
それは、「拒まれない」というだけだろう、とも考えている。
はっきり言って、オリアスは、名前の聞き分けの良さに震撼していた。遊戯師団の性質上、勝負好きで「欲」に忠実な生徒と接する機会が多いからだろうか。名前の「はい」を素直だと思うと共に、いったいこの子の欲はどこにあるのだろう、と考えてしまうのだ。教師としてのさがかもしれない。しかし、どのような学校生活を送ったのか気になってしまう。
自然な流れで尋ねた位階は、優秀だと言い切って構わなかった。天才と言われるオリアスよりは低いけれども、学生時代は頭ひとつ抜けていたのではないかと考えられたほどに。
──知的好奇心や勉強への熱意が行き過ぎて、人付き合いが下手になることはあるけど。
頭に浮かぶ、教師の顔がいくつか。その全員がトップレベルで優秀な悪魔であるわけだが。
──けど、あんな風に、表情筋を動かした「経験」に乏しそうなのは、完全に説明できない。
人付き合いが下手な悪魔だろうと、感情はあり、表情に出す。堪えようとしても堪えられないときは、いくらでもある。
では、感情を動かされるのはどのようなときか。
まず大きいのは、不測の事態が起こったとき。これは、名前もわずかに顔に出す。「わからない」を。写真だって、どうして撮るのだろうと言わんばかりの表情なのだ。仲の良い悪魔が居れば、共に出かけた際に写真も撮っていそうなものだが、それも居なかったのだろうか。
名前の礼節は、しっかりしている。愛想という名の作り笑いなどが無いだけで、礼儀正しく、相手とフェアかどうかを考える誠実さもある。見る者が見れば、好感を持ち、交流を望むだろう。──自分のように。
考えつつ、歩みは止めない。誰とすれ違うこともなく、必然、思考が妨げられることもない。オリアスの“占星”は強力な力だ。
──家系能力。
共に出掛けた間で、オリアスは、名前が日常的に家系能力を多用していることに確信を持っていた。そしてもはや勘に近いが、その能力が今の人格形成に影響を与えていることも。
──何かを、「選択」するときに使う能力。
今のところ、使っているらしき様子を見たのはそれくらいである。だが、恐らく、まだ何かある。でなければ、やはり、説明がつかないというところに帰結するのだ。
占星術の教室に辿り着いた。その足で、準備室に入る。
名前が自分に踏み込まないのに、自分は名前のことについてあれこれ考えるというのは、名前が用意したフェアさと相反するかもしれない。
それでも、もう止められなくなってしまったのが、この欲だ。
名前を知りたい。自分に強い感情を向けてほしい。
なればこそ、方法を探らねばならない。いつでもこちらに気を惹けるように。
──そうなったら。
オリアスはほくそ笑んだ。
──ある意味、俺が好きなときに、名前を好きに動かせるみたいなものだ。
ああ、果てしない。ただただ、あの子が欲しい。妥協は許さない。自分は絶対に名前を手に入れる。
そして、その表情を動かしたい。感情を揺さぶりたい。
だから、教えてほしい。君が何を好きなのか、何が欲しいのか、俺に、もっと。意識的にじゃなくてもいい。行動、言動の端に覗かせてくれれば、俺は絶対にそれを見逃さない。
──絶対に、逃さない。
とめどなく、溢れる。
……欲に突き動かされるのは悪くないが、視野狭窄になりそうだ。少し冷静になろう。思い直して、深く息を吸い、吐く、ところで止まった。その息と共に、名前に向けるこの欲が逃げてしまう気がして。それは好ましくない、俺は名前が欲しいのだ、俺が名前に向けるものごと。
そこまで頭によぎらせて、自分に苦笑する。吐息は細く細くして、熱を空気に奪われぬようにした。
椅子に、深く腰掛ける。まだ、まだ、準備段階だ。
そもそも、名前の素直さに向けるものが「危惧」であることは忘れてはいけない。
自分に言い聞かせて、出したままのス魔ホに目をやった。
──次は、何に誘おうか。