08

 今回も、名前の私服は似合っていて、好きだ。
 なんとなく、自分に合う服を選ぶのが上手いような。前回と同じ待ち合わせ場所に、名前は前よりも早めに来た。それでも、格好をつけたさに数十分前から待っているオリアスよりは遅いのだが。オリアスの目論見は上手くいっている。

「今日も服、似合ってるね」
「オズワールさんも」
「アリガト~!」

 喜びを顔いっぱいに出して、礼を言う。意識せずともにっこりと笑ってしまうので、苦は無い。
 またまた時間をかけて選びました。
 今日は「オズワールさんの好きな店で」ということなので、良さそうなレストランを見繕うのにも必死になりました。
 寝不足はギリギリ回避できて良かった、そうなったら目も当てられない。名前は許してくれそうなのが、余計に。
 スマートに案内し、食事を終えて、代金は勿論オリアスが持つ。名前は「この前払ってもらったのだからフェアじゃない」と拒んだが、「ここの方が高いから、それこそフェアじゃなくなるでしょ。俺の好きな店を紹介させてもらったぶんの料金だと思って」と言い包めた。不服そうだったが、その不服そうな顔が嬉しかったので、オリアスとしては満足だ。
 店から出ると、名前が何やら半歩後ろに居る。オリアスは振り向いて、同じように後ろへ下がる。隣に並び、顔を覗き込んだ。

「このあと、行きたいところってある?」
「いえ」
「じゃあ、ちょっと付き合ってよ」
「はい」

 どうも、前より感情が見える。表情の変わり方は微々たるものだが、オリアスには見抜ける。
 納得しきってなさそう。イイなあ。
 前より表情が動くけど、名前の方も、俺に何か思ってくれたのかな。
 欲に満ちた思案は、胸に秘める。
 そして、誘いに頷いて貰えたからと、とある方向に爪先を向けた。

「どこに行くんですか」
「ン、着いてからのお楽しみってコトで!」

 人差し指を立てて、ウインク。気取った仕草に、名前はぱちぱち瞬きをしたあと、オリアスに倣って足を動かした。
 向かうは、マジカルストリートの、ひときわ栄える場所。
 楽しいことや面白いことが大好きな悪魔の好む店の密集地。
 名前が人混みに紛れないよう気を付けつつ、とある建物の前まで誘導する。大きな入口の上に飾られた看板を、彼はオーバーな調子で指し示した。
 
「じゃ~ん、ゲームセンターで~す!」
「げーむせんたー……」
「約束は守るけど、一足先に、ココで俺のゲームするところ見せてあげる」
「!」

 名前が目を見開く。そこには喜びがあった。
 ──連れて来て良かった!
 心底、その思いを噛み締める。ほんとうに良かった。頭が熱くて気持ち良い。喜んでほしかった、喜ばせたかった、今、少しだけ叶った。だが、もっとだ。もっと、沢山、際限無く、欲しい。
 だから、第一歩を踏み出せたのは、とても大きな前進だ。
 立ち止まってゲームセンターの建物全体を見上げる名前の背に、手を伸ばす。

「人多いから、ちょっと触っても良い?」
「……はい」

 返事が遅れたが、それに焦ることは無かった。名前の心がゲームセンターに釘付けになっているためだと見てとれたからだ。
 腰に手を回すようなことはせず、肩をそっと引き寄せる。触れ合いにどきりとしたのを隠し、そのまま歩き出せば、名前も従った。
 店内に入り、名前に問いかける。

「さて、どのゲームに興味がある?」
「……どのゲーム……」

 名前が、オリアスの言葉を繰り返す。そして、自分とゲームの間で視線を動かす。
 ──やっぱりコレ、家系能力だよね。
 この動作は、癖としては違和感がある。知る限り、無口頭魔術にも、こういった動きをするものは無い。
 はやく解き明かしたいな。
 そうすれば、名前により迫れるように思う。
 その日が来るのを楽しみに、名前の様子を眺める。動き回る視線が、一点で止まる。
 苦煉ゲームだ。かわいくデフォルメされた魔獣の、手のひら大のマスコットが景品のやつ。
 どれ欲しがるかな、あの青いのだったら、アームの動かし方は……。
 オリアスの脳内で、シミュレーションが始まる。いいところを見せるつもりでいっぱいだった。
 しかし。

「オズワールさん、あれにします」
「え、音ゲー?」
「だめですか」
「だめじゃないけど……」

 だけど、君が見ていたのって、違うだろ。
 名前が言ったゲームの機体ではなく、苦煉ゲームを再び見やる。別に、人が集まっているわけでもない。
 それでも名前はかぶりを振る。

「いいんです」
「……いいって」
 
 その言い方は、まるで、「諦めている」みたいだ。
 悪魔の本能に反している。欲しいものは、欲しがっていい、むしろそうするべきなのに。自分の技量では無理だからと諦めるならまだしも、今回問題になるのはオリアスの技量だ。オリアスがどの程度苦煉ゲームができるのかを知らないとしても、結局、他人次第になる。
 なのに、自分には無理だという風に言う。
 名前の肩を持つ手に、少しだけ力を込めた。やや強引に、苦煉ゲームへ身体を向けさせる。
 教師として染み付いた考えゆえかもしれない。そうだとしても、名前の諦めらしきものを、どうにかしたかった。

「いいからさ、行こう」
「……」
「ねっ」
「……はい」

 言い募れば、しぶしぶ頷いてくれる。これほど肯定に時間をかける名前は初めてだ。
 苦煉ゲームの前へ連れて行き、どれが欲しいか尋ねる。名前はしばらく黙ってから、オリアスに目をやり、口を開いた。
 
「……じゃあ、黄色ので」
「あの念子ちゃんね! 見てて、すぐにとっちゃうから。
 君にハッピーを運んであげる!」

 名前のどこかにある暗さを吹き飛ばすよう、明るく言ったそれは、──“占星”を使うという宣言だった。
 オリアスは、名前のことに関する“占星”の使用に、ラインを引いている。舞い込んだ幸運では無く、自分の選択で、感情を揺らして欲しいからだ。それが運命のようだと思えてしまったからだ。
 だがそれは、“占星”を使う自分を知ってほしくない、という意味ではない。むしろ、能力も含め、自分を想ってほしいと考えている。“占星”もまた、オリアスの一部だからだ。
 ──だから、これは、「“占星”を使うという選択」を、運命にしてほしい、と。そういう欲だ。
 記憶通りなら、ここの苦煉ゲームはアームの性格が悪いはずだが、“占星”があるオリアスには大した壁ではない。
 コインを入れて、アームを操作する。アームが勝手な動作をするのにも関わらず、吸い込まれるように黄色の念子を掴んだ。アームは首の隙間にきっちりと嵌り、何事も無くゴール地点へ向かう。
 そして、ぽとりと取り出し口に繋がる穴の中へ、マスコットが落下した。

「ほら、とれた!
 はいっ、……名前?」
「────」

 念子を名前に渡そうと見返して、オリアスは驚愕した。
 名前の表情が、今までに無いほど動いている。それもまた、オリアスと同じ驚愕。しかし、オリアス以上の。
 心の底から、「有り得ない」ものを見たような。たとえば空想生物を実際に目撃したら、こういった顔になるのではないか、というほどの。

「名前、どうかした? ……大丈夫?」

 ここまでの反応をされると、気遣わざるを得ない。呆然とする目の前に立って、視線を合わせた。
 緩慢に、名前の目が動く。名前自身と苦煉ゲーム、名前とマスコット、それから、オリアスと苦煉ゲーム、オリアスと名前の間をそれぞれ辿る。
 ──名前と他の物の間ではなく、自分と他の物の間を注視しているのは初めてだ。
 名前は同じルートを何回も確かめるように見てから、ようやく、オリアスが持つ念子に焦点を絞った。オリアスもそれに応え、名前に差し出してやる。
 
「ありがとう、ございます……」

 名前のその、礼を言う声も、念子を受け取る手も、これ以上ないくらいに震えていた。

夜を矯める星

title by alkalism 220615