直江と一緒に出掛ける、というちょっと珍しいことをしたせいなのだろうか。
「止まないな、雨」
「今日の龍神様は張り切っていらっしゃるようだな」
立ち寄っていた店の軒下。空を見上げる直江の声は、あっけらかんとしている。そろそろ帰った方が良いだろうに、呑気なものだ。
「……直江、時間大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。暫く雨宿りしてから帰ろう。暗くなるし、名前も送って行く」
「……あー、うん。ありがとう」
まあ、時間に余裕があるのなら、そういう判断を下すのは分かる。わざわざ雨の中を濡れて歩くことの煩わしさは、旅の過程でよく思い知らされた。だから、雨はあまり好きじゃない。
今日のもそこまで強い雨でもないけれど、濡れてしまうことには変わりないだろう。通りを行く人々も、早く難から逃れたそうに足早だ。
隣の直江をちらりと見る。今にも歌いだしそうなくらい機嫌が良かった。
「……直江って、雨、好きなの?」
そうとしか思えず、尋ねてみる。案の定、直江は軽く頷いた。
「雨は良い、土地を潤してくれる。降りすぎても困るが」
「度が過ぎると毒になるのは、なんだって同じだけどな」
お前の思想とか。
すっかり日常の一部かというくらいになってしまった直江への批判は、心の中に留めておく。言いそうにはなったものの、それこそ毒の域だろう。
「何より、今は名前が居る」
「は?」
「お前と雨宿りが出来るだろう。つまり、より長く共に居られるということだ」
雨音にも掻き消されることのない声で、直江は言った。
胸元が治りかけの傷口みたいにざわざわ痒くなって、思わず見下ろす。当然、服に血が滲んでいたりはしなかった。
……なんだか落ち着かない。左手で右の二の腕を掴み、瘡蓋の代わりの覆いを作る。
「……まあ、話し相手が居るのは、手持ち無沙汰にならなくて良いな……」
言いながらも痒みは収まらない。けれど傷を掻き毟るのはいけないから、腕をぎゅっと握るに留めた。
旅をしている最中は、ひとり木の下で雨宿りするのも暇を持て余したものだ。それと比べれば、今みたいな方が楽しいには違いない。
……楽しい、か。私も随分変わった。以前なら、人と交流することが楽しいなんて思わなかった、思っていると思いたくなかったはずだ。
それが良いことであれ悪いことであれ、私をそういう風にした直江はとんでもない奴だ、と再確認する。
「……、何?」
ふと視線を感じて、張本人の方を見た。楽しそうににまにまと笑っている。
一体、私の何が面白いんだか。そんな笑顔をこっちに向けて。
腕を握り直す。この痒いのは、いつ治ってくれるんだ。ぬかるんでいないところに立っているのに、足元の具合も悪い。
直江も私の問いに答えず、もっと唇を吊り上げただけだから、余計に落ち着かなかった。すぐそばの雨音ばっかりが耳に届くと、ひらけた道のはずが、雨粒の簾でここだけ閉ざされているように感じてしまう。
それだけ居心地が悪くても、悪いからこそ、目を逸らすと負けのような気がした。じっと見つめ返す。じっと耐える。
直江はしばらく私を見ていたものの、やがて静かに目を伏せた。そして顔を、
「────?!」
傷の奥が、ずくんと疼いた。
頭の中身が浮いている。喉がいやに開いているのに声が出ない。
何が起こった?
わけが分からない。
事態を把握しようと目を凝らす。
勝負に勝ったのは私だ。直江はいま、私に、横と正面の間、斜めぐらいの角度で顔を見せている。奴は、すっと顔を背けたのだ。
それだけだ。
顔を背けただけ。
それだけなのに、なぜか、こう思った。
────「うわっ、美形だ……」
「どうした?」
「っあ、いや、なんでもない」
直江がこちらを向く。首を振った。
傷のじくじく言うのが収まらない。腕組みに変えて、覆いを二重にする。
また、視線がうるさい。
「ははは、なんだ! 私に見惚れでもしたか?」
「なっ──」
「きっと私から立ち昇る義の気にあてられたのだろうな!」
んて? ……今、こいつ、なんて?
「────ば、馬鹿だなー、お前……。ほんと馬鹿だな……」
「また馬鹿だと言うか」
一気に気が抜けて、肩を落とした。直江が別段憤っていやしない声を上げる。
……いや、美形だと思ったとか、気付いてくれない方が良いんだけどさ……。
ぶっちゃけ、実際、自分でもにわかには信じ難くはある。私が直江を美形だと、今から言い直せば「かっこいい」と、思っただなんて。
だって直江だぞ。直江。
私が散々、こうやって、馬鹿だ馬鹿だと言っている直江。ギアイキガイで煩い直江!
その直江を、たかだか顔を背ける仕草ぐらいで!
「まったくお前は、せっかく義を理解しているのに意地っ張りさんで……」
ほら、煩い!
いつもの調子で話しだした直江に、ふん、と鼻を鳴らす。腕を解いた。
……そう、これだよ。こういうのだ、私と直江は。
非日常から戻って来られたことに安堵する。大丈夫、さっきのは一瞬目がおかしくなっただけだ。あんな些細な仕草で動揺する理由なんて、私にはないんだから。
私がそんな風に考えている間にも、直江はひたすら喋り続ける。雨音と混ざるそれを適当に聞きながら、降りしきる雨をずっと見ていた。
もう、居た堪れなさはどこかに行ってしまった。雨が降っているからといって、ここがちゃんと私と直江以外も居る場所だって分かっている。
……うん、だから、もうちょっと降ってても構わないぞ。
title by afaik 170528