「私は、あなたの同志などではありません!」

 その怒りの奥にある悲しみが、深く胸に突き刺さった。


 事の顛末を聞いた御前は、「そう、そのようなことがあったのですね」と頷いた。
 私が話したのは、先の茶屋で起こった件である。
 遠路はるばる、私を尋ねて来たという名前。
 義戦士として迎え入れようとしたところ、怒声と共に拒否を示した彼女のことが、ずっと喉に引っかかっていた。
 傷ついた者の目だった。傷を負って、痛みに喘いで、その息苦しさから逃れるために、他者へ怒りをぶつける者の目だった。

「私は、彼女を傷付けてしまったのでありましょう。しかし、その理由に見当がつかないのです」

 名前は悪人ではなかった。そんな彼女が私の語る不義に反感を抱く理屈が解らなかった。しかし、あのような目をするということは、彼女は我らに導かれるべき人間だということではないのだろうか。
 その旨までも御前にお話すれば、慈愛に満ちた笑みで耳を傾けてくださる。次いで、考える様子を見せると、何かを口にしようという仕草をした。座る膝へ突いた拳に、少しばかり力が篭る。身を乗り出しかけて、踏みとどまった。

「私は直接その子に会っていませんから、話を聞いている限りでのことしか言えませんが。
 その子はきっと、人を信じることができないのでしょうね」

 御前の言葉に、目を見開いた。
 人を信じることができない?
 彼女は、義について説いてほしいと言っていた。そのような人物が、人を信じることができないというのか。人を信じているからこそ、人を愛し、義を解したいと望むのではないのか?
 人は理解し合えなくても、信じることはできる。しかし、信じることさえできないというのは。
 定義と外れた事例の理解にはやや時間を要する。噛み砕いていると、御前は更に言葉を続ける。

「できない、というよりは、慣れていない、とした方が正しいのかもしれません。
 そして、信じることができないのは人そのものではなく、人の情。愛です」
「愛を? 義は愛と共にあるものです。義に目覚めている彼女が、愛に慣れていないとは?」
「そのままの意味ですよ、兼続。
 彼女は、己がどれだけ人を愛したとしても、愛が返ってくるとは考えていないのです」

 愛せば、返されるのが愛だ。またもや定義と外れた答えに、思考を巡らせる。
 義も愛も、誰しもが心に持つものであるのに、それを信じられない。それを信じられないのに、彼女は人を愛する。愛することの喜びを知らずに。
 ──それは、どうしようもなく。

「人、それ自体は好きなのでしょう。信じることができる例外的な相手も、1人か2人は居るかもれません。しかし、周囲の人々を信じることには慣れていない。
 そこに、兼続の言った、『不義を正す』。
 ……女性が武術を身に着け、ひとりで旅をしているのです。あまり詮索するのは失礼ですが、その娘は何かを抱えているのでしょうね。
 たとえば、自分が『正される側』だと勘違いしてしまうようなことなどを」
「……御前」
「はい。どうしましたか、可愛い兼続」
「彼女は、なんと寂しい人なのでしょうか」

 怒るのも当然だ。悲しむのも当然だ。
 人を信じずとも愛することを続けてきた最中で、私のことは信じるに値する人間だと思っていたのだ。それを、「裏切られ」た。私はもちろん彼女を裏切ったつもりはない。また、彼女が感じたような怒りや悲しみは、普通、義に目覚めぬ者だとしても、飲み下す術を持つ。感情の制御は、幼い時分より培われているはずのものだからだ。
 ただ、彼女は、人を信じることに慣れていなかった。激情を抑えることが困難だった。要するに子供の癇癪なのだ。つまり彼女は、そのような自らの幼さを制する素地を築くほど、人と関わったことがない、ということになる。人を信じられないから。
 御前もおっしゃったように、名前のような娘が放浪の道を選んだのには、相応の理由があるはずだ。彼女もまた、義なく愛なき乱世の被害者なのだと、あの時点で想像してはいた。
 そして、彼女のような者は、この乱世にはいくらでも居るのだろう。

「……御前、私は、彼女を傷付けた責任をとってやりたく思いまする。
 私は彼女の信頼に値する愛を持っていると、示してやりたいのです」

 しかし、この手で傷を負わせてしまった、この手の届くところに居る彼女を、見捨てる理由にはならない。
 むしろ、近くに居るたったひとりを助けることもできず、一体誰を救えるというのか。
 彼女を傷付けたのは私だ。
 「裏切られ」慣れていない彼女は、あの時、どれほどの傷を負ったのだろうか。
 それを思えば、より一層決心が強くなる。
 私の答えに、御前は目を細めた。鋭ささえ感じるその瞳が、誰よりも優しいことをよく知っている。

「その子の怒りは、上杉の義を、兼続を勘違いしたことによるもの。ですが、決して愚かではないはず。
 人は独りで生きることができないと、無意識にでも知っているようですから。そうでなければ他者に期待などしません。
 ……これまで人と関わっていたとしても、義より利をとるような、情を介さずに付き合うことのできる相手とのみ関わってきたのでしょうね」
「愛を信じられなくても、目に見えやすい欲望や物質を介した理屈は信じられる。心の弱い者にはよくあることでありましょうな。
 ……ああ、それでは。やはり、彼女は寂しいばかりではありませぬか!」
「ええ。ですが兼続。そのような相手に、どう愛を諭してやるべきだと思いますか」

 御前の言葉は、仮定に近い。それでも、彼女があのような目をした理由を言い当てているように感じられた。この聡さこそが、御前が明達かつ愛の深い人物であることの証明なのだろう。
 この試すような問いかけも、そのひとつだ。私への愛であり、まだ見ぬ彼女にさえ向ける愛であった。
 胸を震わせながら、頭の中で「どう」するかを組み立てる。義や愛を諭す方法はいくらでもある。その力と素晴らしさを見せつけても良いし、言葉で説いても良い。
 だが、ここは少しやり方を変えるべきだ。

「籠城戦を決め込むのなら、開城されるまで言葉をかけ続けるまでです。この場合は包囲で圧力をかけたり、城壁を破壊して傷を増やしたりするよりも効果的でしょう」
「賢い子ですね。城内から石を投げつけられても、挑発を受けても、辛抱強く待ち続けられますか?」
「当然でございまする。それは彼女の悲鳴でありましょう。心が痛みはすれど、切り捨てる理由にはなりませぬ」

 握った拳を掲げてみせれば、御前は微笑んだ。それが、私の結論に対する義と不義の判定だった。

「私はあなたを、純粋で清廉な子に育てたつもりです。きっといつか、あなたの愛も届くでしょう」

 義、と認められた。安堵する。
 御前のお墨付きとあらば、恐れるものは何もない。
 まずは明日、会いに行くとしよう。

かみさまあそび

title by 金星 180407