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 その問いは、ただの思い付きだった。
 けれど、返ってきた答えは、ずっと私の脳裏に張り付いている。


「……石田殿と、真田殿と?」
「うむ、そうだ!」

 会ってみないか。
 直江からの提案に、私は顔を顰める他なかった。まず、丁度団子を食べ終えたあたりで持ちかけられたのが腹立たしい。物を食べているので返事は先延ばしでお願いしますぅなんてさせはしないぞ、という意思を感じる。雨も降っていないのに頭が痛い。外はからりとした晴天であって、狐が嫁入りしようとしている様子も無いのに。ああ、私の心は曇天になり始めたか。ついでにじくじく痛みを訴えている気もしたが、こちらには蓋をする。要らないので要らない。さよならまた会う日まで。ぱたん。
 幻視した痛覚に別れを告げつつ、幻視の原因となった直江には憤りを向ける。まったく、こいつは何を言っているのだ。私を陥れる頭があるのなら、第一に地位を考えてみろ。直江と腐れ縁をやっているのだから今更だ、とかそういう話ではない。分不相応な振舞いはしないに越したことはない。
 何より第二に、相性を考えろ。
 真田殿は良い。話を聞くだけでも好感を抱ける方だ。
 だが、石田殿が問題だ。
 身もふたもないが、本当は良い奴、みたいなのは好きではない。それは直江で証明されていることだ。馬鹿にされたり邪険にされたりすることが分かっている相手に特攻するなんて、私はやりたくない。私はもう、若かった頃の私ではないのだ。性根の真っ直ぐさが窺えまくる真田殿が懐くのだから、石田殿も根本的な善性は保証されているとは思う。だが、私との相性は確実に悪い。どうせ偉い人に会うなら、真田の、特に信之殿がいい。兄貴分が大好きな妹分としては、「兄」というだけで好感度が高い。なお直江には適用されない法則です。

「どうだ。私は彼奴らにお前を紹介したいのだが」
「率直に申し上げますが、嫌ですね」

 直江はごりごり推してくるが、がっつり断らせてもらう。そもそも「紹介したい」って何だ。紹介されるような仲になった覚えが無い。向こうだって、私みたいなのを突然紹介されたって困るだろう。天然と名高い真田殿ならすんなり受け入れてくれる気もするが、ううん、やはり……。私だって好き好んで特定の人を悪く言い続けたくはないので、これ以上はやめたい。この法則も直江には以下略。
 私のそういう込み入った感情などは知ってか知らずか、恐らく知ってはいるが見向きもせずに、直江はむむうと不満げな顔になる。その皺の寄った眉間、どついてやろうか。やらないけど。私は保身に走らせてもらうので。
 こちらの答えは断固拒否一辺倒、それ以外を言う気もないし、流される気もありません。そんな態度を示す時の功労者となり得る団子は既に胃の腑で暇を持て余しているので、白湯に代役となってもらう。口の中に居座ってくれる時間は心許ないけれども、この際文句は言えない。良いじゃないか白湯。適役ではないというだけで、本業である水分補給の面では超絶技巧を披露してくれる。今この時は、適役ではないということが致命的なわけだが。良い場を与えられなかった液体に同情しながら喉にくぐらせる。同情なんかでたらめだけど。
 現実逃避じみた白湯との逢瀬の合間にも、直江は「なぜだ」と口を挟んでくる。「彼奴らのことはお前も知っているはずだ」ごくり。「お前は私の話をいつも聞いていただろう」ごくり。「確かに三成は気難しい奴だが、すぐにわかる」わかってないのはそっちだろ。
 あんまりにも食い下がってくる様は、お前は魚か何かか、さぞや大物なのだろうな、ただし食いでは無さそうだ、などとささくれ立った思いを巡らせてくる。ちくちく。蓋をした矢先にまた傷むとは。

「お前なあ……」

 咎めるような視線に耐えかねて、言葉を発してしまった。やらかした、と舌を巻く。何を言ったって、こいつは聞き入れないのはわかっているはずなのに。私はどうしてこうも愚かなのだろうか。こいつに期待しているとでも言うのだろうか。……期待。知らない。そのようなことは、私は知らない。今のは口が滑っただけだ。
 案の定、直江は私の失態を気にも留めない。本人の中では、そうするべきだからそうするべきだ、という等式が既に成り立ってしまっているのだ。むしろ、私が会話に食いついてしまったことで、話を展開する機会を与えてしまった。馬を鹿だと言った古人の方が、私よりよほど賢い。
 でも、確かに疑問ではある。直江はなぜ、これほどまでに彼らと私を会わせたがるのか。一体何の意味があって、そんなことを考えたのか。さっぱりわからない。
 直江は一応、石田殿がとても難儀な性格をしている人であることを、よく知っているのだ。人に好かれにくいたちであることを、ちゃんと分かっている。だから、いくら直江でも無理に押し付けてくるとは思わなかったのだが。私の勘違いだっただろうか。
 うんざりした気持ちを隠さず、直江の方をちらりと見れば、真っ直ぐな視線が返ってくる。何か強い想いがあることを、そこで察した。
 嫌な予感がする。
 きっと私は、この先を聞いてはならない。そう思ったけれど、今ここを立ち去るには、立ち上がる動作やら勘定やらを挟まなければいけないから、瞬時に逃げ出すことはできなかった。
 その隙が命取りになるというのに。

「名前には、是非、三成と交友を持って欲しい」
「……」
「私はな、名前」

 直江がこちらに身を乗り出す。顔が近くなって、思わず顎を引く。彼は声を潜めて、「お前に頼みがある」と言った。

「いずれ、戦が起こったとき、お前も三成の側で戦って欲しいのだ」

 そして、そんな馬鹿みたいな言葉が続いた。
 直江が馬鹿だっていうんじゃない。いや、直江も馬鹿だけれど、それ以上に、私が馬鹿であったことを思い知らされる言葉だった。
 認めよう、私は直江に期待をしていた。そのくらい認めてやる。今の怒りに比べれば、今の痛みに比べれば、こんな嘘じゃあ自尊心なんか守れやしない。
 だって、それはあまりにも不用意で、過度なものだった。愚かな感情だった。過ちを犯した自分自身に反吐がでる。
 「友」のことばっかりで、私のことなんて考えてもくれない直江に悲しくなる。

「……信じらんねえ」
「ぐっ、なにをする、名前!」

 己への苛立ちを直江へのものに変換して、悲しさと一緒に投げつける。すなわち、直江の身体を力一杯押し退ける。横に転がった直江の上に、懐から金子をばら撒く。自分の出来得る最速で立ち上がる。体勢を崩して口をあんぐりさせるそいつを横目で見ながら、こういう、誰にも負けない腕っ節さえなければ、あんなことは言われなかったのかもしれない、と考える。同時に、団子の串を凶器にしてもよかった、眼球から脳を抉ればきっと殺せた、そう思う。
 直江は馬鹿だ。
 私のことを、何もわかっちゃいない。
 そんな大切な話をするのなら、私の十八番を封じてしまえるように、軒猿を呼んでおくべきだった。
 溜め息をひとつ残して、私はその場を逃げ出した。

好きだったよ、君が知っているより

title by afaik 180904