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「講義でもし分からないところがあったら言うと良い。教えてやろう」
「大丈夫だって、今のところ」
「むう」

 今週も、直江と会って話している。ちなみに直江の喋りはうるさいので、3度目あたりからコーヒーショップではなくショッピングモールのフードコートが定例となっていた。
 ……直江と会うのは、これで何度目だろう。直江もLINEでチャットするよりビデオ通話する方を好むたちだから、それを含めると顔を合わせた回数が分からなくなる。
 再会したときはああだったものの、もうすっかり前のように話せるようになった。直江は相変わらず自分のことをぺらぺら喋り、そして私にも話すよう促してくる。
 ただ、私は直江ほど話題を持ち合わせていないもので、大学の話ばかりになってしまう。しまいには同じやり取りを繰り返すはめになることも多々。今もそうで、勉強は頼れ、と何回も聞いた言葉をまた聞かされている。
 確かに直江は努力家だし理数も出来る文系だし努力家だしほんとうに頭が良いのだけれど、私も別に馬鹿というほどでもない。それに頼る相手には他にあてがあるうえ、忙しい直江も私に構いっきりになるわけにもいかないだろう。
 でも、断った程度で不満そうに唇を尖らせる直江の顔を見るのは、もうそろそろ懲り懲りだった。

「……まあ、もうちょっとしたら試験だし、それは頼るかもしれない」
「そうか!!」
「うわ」

 ぱあ。と、途端に笑顔になった直江に、小さく声を上げる。いきなりは驚くから、ちょっとぐらい間を開けてほしい。
 直江はとんとん自分の胸を叩いて、任せろのジェスチャー。ご機嫌な様子に、呆れみたいなものを覚えてしまう。

「……そんなに喜ぶことか」
「喜ぶことだ!」

 そんな私にも、直江は堂々と肯定してみせた。まあ、直江のそういう反応は、正直言って好きだ。やけに安堵して、アイスティーのストローを咥える。

「好いた相手には頼ってほしいものだろう」

 お茶吹くかと思った。
 なんとか口の中のものを飲み下し、また呆れ顔を作る。

「……すいた、って」
「なんだ、言っただろう。私の愛は不滅だぞ」

 さらり、と言ってのけるのが、わけがわからない。羞恥心が存在しないやつなのは知っているけれど、そうではなくて。
 どうして、自信をもって言えるのか。
 ……分かっている。そういうやつであることも分かっている。直江は、自分が正当だと、自信を持ちすぎるきらいがある。
 それをどう言ってやるべきか悩み、言いあぐねていると、

「思い出を美化している、とはもう言わせぬぞ。こうしてお前とまた会って話して、私は再確認しているのだ。
 私は名前を愛している、と」
「……」

 先手を打つかたちで、直江は言った。
 あいしている、に、心臓がどくりと音を立てる。でも、それっきりだ。脈拍をぐんぐん速くして、慌てふためいても良いだろうに、私も随分捻てしまったらしい。
 自分にひとつ嘲笑して、目を逸らす。ストローが歯に押し潰された。

「……名前。お前は、またここに来てくれた」

 いやに静かな声だ、と、気付くのが遅れる。淡々と聞いていた。

「だが。……お前は、後悔していたか」
「なにを」
「私の傍に居たことだ」

 なにを。
 ば、と顔を上げた。
 見えたもの。息が詰まる。
 焦燥した、絶望した、そういう悲哀をぜんぶぜんぶ混ぜ込んだ、あの時みたいな、直江の顔。
 違う。なんでそんな顔を。今視線を逸らしたのはそんなにお前を傷付けたのか。まさか。そんなこと思っちゃいないのに。
 いやだ。やめてくれ。そんな顔見たくない。そんな顔をさせたくなかった。
 喉が慄く。

「し、したことない! そりゃあ、辛かった、いろいろ、苦しかった。でも、後悔なんてしたことない。迷いはしたけど、居なければよかったとか、思いもしなかった。後悔したことなんて、なかった!」
「……名前」

 テーブルに、視線を落とした。直江がどんな顔をしているか、窺うことは出来ない。口を開かないから、尚更だ。
 私たちの座るボックス席は、端から見たら惨状なんだろう。別れ話でもしているように見えるかもしれない。
 実際、ここで何かを間違えたら、もう会えなくなってしまう気がした。
 直江の手は、テーブルに乗っかっている。迷うように、軽く握ったり開いたりを繰り返していた。遠い昔に、見たことがある動作だ。手の震えを隠すときの、直江の癖。
 いやだったら逃げられるようにゆっくりと、それへ手を伸ばす。
 逃げられることは、なかった。そっと重ねると、直江の手が僅かに強張る。

「……わたし」

 肺には真っ黒な暗雲が渦巻いていて、私の呼吸を妨げていた。
 それでも息を吸い、もつれそうになる舌を叱りつけて、言い放つ。

「……ほんとに、良いのか。
 ……私、お前のこと、自分より大事に出来ないんだ。私は、お前みたいに、優しくなくて。お前と仲の良いやつにすぐ嫉妬する。すぐ不安になる。お前のこと好きなくせに、義の考え方も否定する。欲しがってばっかで面倒くさい。
 愛と、めちゃくちゃ遠い。そんな綺麗なものを、私は抱けない。そういうやつなんだよ、私は。
 ……それでも、お前は私のこと」
「愛している」

 凛と、張った声が聞こえた。淀みのない音に、靄がすぅっと晴れていく。包んでいた手が指を絡めて繋ぐものに変えられて、少し怖いながらも直江を見た。
 その表情が纏っていた暗雲も、もうどこかに消えている。あるのはいつもの輝かしい瞳だけだった。
 力を抜く。

「──直江、嫉妬とかものすごく嫌いそうなもんだけど」

 長い間の苦悩の種を、打って変わって、普段の調子で尋ねることが出来た。
 直江が、ふっと笑う。

「なに、やきもちぐらい可愛いものだろう。気にする必要がどこにある?」
「は」

 絶句。
 絶句するしかなかった。
 私、これで結構悩んでたんだけど、ずっと言いにくくて黙ってたんだけど、そんな簡単に流されて良いことなのかっていうか、歯牙にもかけないレベルってどういうことなんだっていうか、いやもうちょっと問題視すべきだろ妬み嫉みは不義だろ違うのかっていうか、と、混乱して。
 はた、と思い当たった。
 ……そうだ。
 こいつ、身内に滅茶苦茶甘いんだった──!!

「ははは、その口ぶりではもう既に妬いたことがあるのだろう。誰にだ?」
「……ゆ、ゆきむらどのとみつなりどのですけど」
「あいつらに! はははは! あいつらにか! ほら、やはり可愛らしいものではないか!」
「だ、だって、ほんとうにうらやましくて! 私はお前に同調できないけど、なのにうらやましくて、お前の同志であることが!
 それにおまえ、あの人たちの話もたくさんするしっ」
「────」

 今度は直江が言葉を失った。笑った、大口を開けて口角を吊り上げたままの状態で固まっている。正直不気味だ。
 なんなんだこいつ、という目で見ていると、直江は。ぶふ、と噴き出した。次いでテーブルに突っ伏し、またうるさく笑いだす。途中途中げほごほ聞こえた。む、むせてやがる……。
 困惑する以外にすることがない。直江の笑いが落ち着くまで、ひたすら待った。やっと身を起こした直江の顔は、恐らく息苦しさのせいで赤く染まっているうえに涙目で、そこまで笑われると腹を立てるべきか立てないべきか迷ってしまう。
 直江は涙の滲んだ目元を指で拭いながら、

「似たようなことを言うものだと思ってな。よく言われたし、言われるのだ。
 幸村には『それほど好いておられるのですね』、三成には『聞き飽きた』と」
「……なにが?」
「うむ、自分でも分かってはいたのだが。
 私が思っていたよりも、私は奴らにお前の話ばかりしていたらしい」

 なんつったこいつ。

「わ、私の話ばっかりって」
「許せ、可愛くて仕方が無かったのだ。臆病なのも、意地を張ってしまうのも、無自覚ながら、私のためを思ってくれるのも。
 その『面倒くさい』のでさえ、全て」
「な……」

 どれだけ絶句させれば、気が済むのだ。
 耳の奥で、鼓動の音がばくばく響く。熱い。心臓が痛い。血液が沸騰しそうだ。
 なんで、こんな、いきなり。

「顔が真っ赤だ、ははは、そのような顔も初めて見るな! 良い、とても愛い!」

 とびきり楽しげな声。喉の奥がぎゅっと閉じる。それを無理矢理こじ開けると、咳き込むみたいに声が出た。

「だ、だって、か、かわいいかわいいって、お前そんな、急にたくさん!」
「急にもなにも、もともとこれくらい思っていたぞ? だが、恋仲でもない相手に、恋愛感情でのこの言葉を何度も言うのは憚られてな」
「こいなかじゃないのは今もだろ!?」

 大混乱。そう言って良い。もうつっこみどころが多すぎて考えるのもままならない。こんな何度もかわいいと言うくらいに思っていたとかなんかそういうの、だめだ。直江の性根からして本気だろうし、もう、だめだ。考えたら、壊れそうだ。
 そんな私の姿をこそ、直江はご満悦そうに見る。

「それはそうだが。
 お前、先程私を『好き』と言っていただろう」
「そ、…………、で、でも、いまもって言ってない!」
「ははは、なんだ、違うのか?」

 こいつ。
 否定するなんて、出来るわけがないのに、そういうことを言うのだ。変なところで意地の悪い。
 握った拳は、直江に向くことなく、ただテーブルに張り付いていた。

「ち……がわ、ない、けど……」
「そうかそうか! 嬉しいぞ!」

 ほんとうに、心から嬉しそうな声で、直江が笑う。
 完全に笑われている。でも、笑いものにされて気分が良いはずはないのに、その声を聞くと、もうどうでもよくなってしまう気がした。我ながら単純すぎる。
 笑い続ける直江と、照れまくっている私。別の理由で真っ赤になって、向かい合っている。
 そうしているうち、直江が「なあ」と声をかけてきた。

「名前、場所を移さぬか? 良ければ、私の家で」
「…………明日、1限あるから。夕飯前には帰るぞ」
「ああ。車も出そう」

 突然の申し入れに、疑問を抱きつつも了承した。元来うるさい場所とはいえ、公共の場でこれ以上騒がしくこういう話をするのは憚られる。
 立ち上がった直江は私の傍に来ると、迷うことなく手を引いて歩きだした。
 ちょっとだけ、鼻の奥が痛い。

秘密といっしょに深く抱いて

title by afaik 170702