12
不思議な泣き笑いをする彼女と出会ったあの場所に、私は毎日足を運んでいた。
普段あまり通ることのない道を行った先、訓練所から近すぎも遠すぎもしない場所。大木の木陰。
ここに来れば、彼女にまた会えるかもしれない。多少遠回りになるには違いないが、歩行距離を増やすことは鍛錬にもなる。そう思いながら、この木陰で休息するようにいつも少しだけ座り込む。
とにかく私は、彼女の以後が気になっていたのだ。泣いて、無理に笑った彼女は、今どうしているのか。
今度は、ちゃんと笑えているのか。
あまり気にしすぎるのは迷惑かもしれない。それでも、一度だけで良い。嬉しそうにでも楽しそうにでも、彼女が笑っているところを確認したかった。
だから私は、今日も木陰に訪れる。
そこに、見覚えのある姿。
「あっ」
「え、あ、文鴦殿、ですか?」
思わず声を上げる。と、彼女も驚いた声で私に尋ねた。けれどその視線が私に向くことはなく、私の鉄擲槍を見ている。私の背が高いから見上げるのがいやなのだろうか。疑問に思いつつ、まずは姿を見ることができたことに安堵する。「お久しぶりです」とまず挨拶をすれば、彼女も返してくれた。
お互い木陰に休憩しに来たということで、あの時のようにふたりで座る。それを促したときに彼女が迷いを見せたのが気になった。
目を合わせられないことも鑑みると、私にあまり良い印象を抱いていないのかもしれない。元々悪い噂もされている人間だ。あり得ない話ではない。隣に座らせるのはまずかっただろうか。
そうして対応に困っている間に、彼女は話しだした。
「先日は、ありがとうございました。私は名前という者です」
ぺこり、と彼女──名前殿は頭を下げる。その名に、聞き覚えがあった。
確か、司馬昭殿が私に話してくださったのだ。魏軍の専属の技師だとか。同い年だから仲良くすると良い、だとか。それを名前殿に伝えると、彼女は目を見開いたのち、そっと伏せた。
しまった、私は彼女に良く思われていないのかもしれないのだった。迂闊だった。
自分の失態に惑う私に、名前殿は表情を変える。
笑顔だった。
作られた笑顔だった。
何かを隠して笑っている。それがすぐに分かるような、無理のある。あの時と殆ど変わらない。
ちゃんと笑っているところを見たい、と望んでいたのが、叶わなかったことを知った。
そんな表情の名前殿は、そんな表情で、私と仲良くしようという意思を見せる。戸惑った。どちらが彼女の真実なのだろう。無意識のうちに「あなたは」と声に出てしまい、慌てて口を噤む。誤魔化すために、なんとか会話を繋いだ。それに応える名前殿の様子に、私への嫌悪感などは感じない。あの作った笑み以外、私に対して感情を偽っている風ではなかった。途中、彼女の仕事の手腕を称賛すると謙虚な姿勢で返される。好感を持てるな、と思った。
ざあ、と風が吹く。そこでようやくと言ったように、この場所が木陰であることを思い出した。
この場所は心地良い。
その存在に気付いてしまえば、なぜ人が寄り付かないのか分からない、と不思議になる。そのくらいには、憩いの場としてよく機能していた。ただし同時に、居心地が良すぎる、という危機感を覚える、とも。もしかすると皆はその妖力に気付き、この場所を避けているのかもしれなかった。
それでも私がここに居るのは、他でもない名前殿の存在によるものなわけだ。今後そんな彼女とどう接するべきか。
考えながら、「良い場所だな」と話していると、
「休憩するなら、ここに来ると良いよ」
……私のことを嫌っているわけではなかったのだろうか。杞憂だったのなら嬉しいのだが、やはりどうしてもあの笑い方が気にかかる。
悩んだものの、来ても良いのか尋ねてみれば、肯定が返ってきた。司馬昭殿もここによく来られていたのだと添えて。
その話をする名前殿は、寂しそうな顔をしていた。
そこで思い至る。先ほどの作り笑いは、司馬昭殿の名前を出したからではないだろうか。仲の良かったふたりは司馬昭殿の多忙で引き離された。名前殿はそれを悲しんでいる。そういうことなのかもしれない。確証は無いが、あり得る。
司馬昭殿の現状は、私が招いたものだ。
大将軍だった司馬師殿を死へと追いやり、司馬昭殿の地位を引き上げたのは、私たち文家が行ったことなのだから。とすれば、名前殿が私を疎ましく思っていてもおかしくない。
では、私は彼女と関わらないようにするべきか。
それを考えて。私の答えは「否」だった。
なんのことはない。私は彼女が気にかかるというだけの話だ。嫌われているのなら、好かれる努力をすれば良い。そのためにどうするべきか具体的なことはともかく、ただ私は彼女ともっと関わりたいと思っていたのだ。
まだ出会ったばかりだ。はじめ印象の悪かった相手への感情が好転することはある。私は実体験している。誠意があれば、きっと伝わるだろう。