074
家に兄弟と父が戻ってきた。
一人きりでだだっ広い屋敷を管理していた私には、それは喜ばしいことのはずだった。
けれど。
「トーマス、トーマス」
「鬱陶しいんだよ!!」
「あうっ」
縋りつけば、ひどく乱暴に振り払われる。床に打ち付けられた私を見下ろして、弟は大きく舌打ちをした。
──こんなはずでは、なかったのに。
戻ってきた父は、復讐以外のものを持たず、非情で、私や兄、弟2人を手駒として扱い始めた。ただそれだけでも、思っていたのとは違う現実に愕然とした。
けれど、もっと混乱したのは、父がトーマスひとりにばかり、汚れ仕事を押し付けるような采配をしたことだ。
トーマスは確かに、他の兄弟に比べれば直情的で、粗暴なところもある。でも、それは決して、人を害して悦に耽るような、そんなものではなかったはずだ。
離れている間に変わってしまった可能性もあるけれど、私の知っている弟は、本当は真っ直ぐで、誠実さや優しさのある子だった。
汚れ仕事を私に回すよう、何度も父に頼んだ。しかし父は、「君には他の役目がある」などと言って跳ね除けた。
では、もはやトーマス本人に言うしかない。
あなたが任されているのは、確かに汚れ仕事だけれど、そんなに残忍にする必要は無い、と。
トーマスはそんな子じゃないはず、と。
──伝えた結果が、これだ。
「くだらねえ。くだらねえよ」
「う、ぐっ」
トーマスは激昂し、怒りの言葉を捲し立て、今、私の身体を踏みつけている。ねえ、ほら、こんなことする子ではなかったよね。
足に力を籠められるたび、その想いは強くなり、そして、それを伝えてはいけなかったのかもしれない、と、自分を責める気持ちも大きくなった。
「テメーはのうのうと、この家で暮らしていたくせに。
俺たちの受けた仕打ちも知らねえくせに、よく俺のことを擁護できたもんだ。
……そんな幻想は捨てちまえ、吐き気がする」
「……う、うう……」
トーマスは、完全に私に失望してしまっているように感じられた。溢れる涙が、床を濡らす。
本当に、私が知らないでいた数年で、彼は変わってしまっていたのだろうか。
私の寂しさに泣いた数年は、彼の苦しみには及ばず、彼に寄り添えるような変化なんて、私が得ることはできなかったのだろうか。
様々な疑問が頭を巡る。寂しいことばかりだった。そのあとには、悲しいことばかりだった。家族が再び集まってから、ずっと。
──だから、せめて、トーマスとは、かつて彼が私によく懐いてくれていたときみたいに、穏やかに過ごせたらと思っていたのに。
身体の上から、足を退けられる。トーマスが踵を返すのが、視界に映った。
彼は私の元から去っていく。
「……何もわかっちゃいねえ」
そのとき発せられたたった一言は、泣いているみたいに聞こえた。