021

「それで? 今回はどんな厄介ごとに巻き込まれたわけ?」
「……楽しそうだな、名前」
「ああ、楽しいともさ」

 グラスをわざと揺らすと、安酒がたぽんと音を立てた。テーブルの向かい側に座る銀髪の男は頭の痛そうに手を当てて、深々と溜め息を吐く。その様子だけで、うるさい酒場の喧騒が遠ざかった気がした。
 だって、こんなにも面白い。
 馬鹿みたいなことを言って、馬鹿みたいな面倒ごとを持ってくるのが、アレスとかいう異端殲滅官だった。僧侶のくせに僧侶に見えず、異端殲滅官としては優秀だけれど、その在りようの非情さはありふれた人間とは程遠い。
 そんな奴が毎度毎度、おなじみの不運やら有能さやらでくたびれているのだから、これ以上の酒の肴は無いというものだ。
 彼の仕事量、つまりは面倒臭くて守秘義務まみれであるほど、面白さが増すのも、肴の希少価値が高まるのも良い。アレスとは旧い付き合いとはいえ、僧侶としてあまり地位の高くない私には話せない機密事項はあれど、単純に酒を酌み交わす暇の無さによって、レア度も高まる。レアなものはそれだけで価値がある。
 アレスがにわかに顔を上げ、恨めしそうな目で私を見る。

「わかっているだろうが、対価は払ってもらうからな」
「はいはい、勿論。そっちは愚痴も聞いてもらって一石二鳥のくせによく言うよ」

 相変わらずの様子に、私の笑みが持続する。彼の全部が面白くて、笑わずにいられるときが無い。
 アレスは、徹底的に合理性を追求する。その過程で人の心が無いようなことも平気でやるし、自分の合理的思考回路は他人にも通じるものだと思っているから、なぜ恐れられるのかを理解できない。天才というやつのひとつのかたちだ。
 そんなものだから、私が「酒の肴をくれ」と要求すれば、「じゃあお前は」と取引に持ち込んでくる。自分の手間を減らす良い機会だからだ。そういう隙を、彼は見逃さない。(ちなみに、私相手だから穏便に取引が進むのであって、相手が抵抗を見せるなら、アレスはとんでもない手段に出るだろう。)
 私も私で、まあ、彼と彼を取り巻くものごとは面白いと思ってはいるけれど、彼自身を好ましくも感じている以上、たまには手を貸してやりたいのも事実。普段は「気が向いたら」という枕詞をつけるけれど、こうして対価して求められるぶんは、素直に払ってやっても良いぐらいには考えている。

「で、今回は何があったわけ?」
「…………グレゴリオだ」
「あっはっは! 良いねえ!」
「良くない!!」

 ダン! 大きな音が、酒場に響き渡る。アレスがテーブルに拳を叩きつけていた。気迫の篭った──テーブルが粉々にならなかったのは奇跡だ、それこそ、はは、秩序神アズ・グリードの御技だったりして?──その音に、けれど、酔っ払い共が鎮まることはなかった。いくら愚痴大会だろうと内容が内容だ、盗み見や盗聴を防ぐ術ぐらい何重にも仕掛けている。アレスが。
 アレスは肩で息をする。今の拳に力を込めすぎて体力切れを起こしたのではなく、ただ精神的なものだ。
 そのうち息が整うと、彼は項垂れたまま、ぶちぶちと文句を垂れ始める。
 私はその旋毛を見ながら、ただ、自分の愉快犯的思考に感謝するのだった。
 こういう理由でもないと、彼とこんな長話なんて、できるはずもなかったから。



200711 約30の嘘