06

 兄弟と、呼んでもらえた。
 ただひとときの間でも、そう言ってもらえた。
 だから、もう、良いのだ。


「私の解釈で言うと、血は魂を保証するものなんだよね」

 血液が在るということは、そこに己が在るということだ。
 考えて、ようやく言語化に辿り着き始めたそれを、名前は口にする。
 結局腕を見つけることはできず、壊相と血塗の待つ廃屋へ向かうことになった、ちょうどその頃合いだった。
 脹相は耳を傾けながら、名前を抱き上げる。その接触の多さに変わらず驚きつつ、名前はやはり拒まない。──ここまでかもしれないと、思っているので。

「……ねえ、お兄ちゃん」
「……どうした」
「怒ったら、私を燃やして。血が完全に蒸発するように」

 脹相の足が、ぴたりと止まった。

「何故そんなことを言う。万一兄弟に怒りを覚えたとしても、殺すわけが無い」
「……きょうだい、じゃ、なかったら?」

 震える問いに、眉をひそめる。先程、兄弟だと断定してやったばかりなのに、名前は未だ不安だというのか。否、疑問を呈すまでもなく、そうなのだろう。
 名前の引け目とでも呼ぶべき鬱屈を、脹相は既に察している。名前が自ら話していない以上、推測にはなるが、理由はいくらでも思いつくところだ。150年間離れ離れであったこと、そもそも名前が呪胎九相図という枠組みに入っていないこと。脹相からしてみれば、血が繋がっているのだから、兄弟に変わりはないというのに。しかし、名前が不安なら、それを頭ごなしに否定する気も起きなかった。
 腕の中の名前から、脹相は視線を外さない。
 たとえ、名前が拒絶するように、目を閉じていても。

「……術式の解釈、っていうのかな。
 私が生まれるとき、色々混ぜられたでしょう。私の血は複雑で、……その分、当たり判定が大きい。成分の『共通する』物体や液体、呪いが多い。『共通する』ものがあるなら、それは『同じ』」
「……」
「だから、やろうと思えば、私自身の血液じゃない何かも、私自身の血液として、私の魂を保証できる」

 肋骨の奥に、痛みを覚えた。名前のコンプレックスの強さを、より正確に捉えられるようになったからだ。
 名前の術式が言う通りのものなら、先の「血が蒸発するほど燃やせ」に意味は無い。本人の血が無くとも復活できるのだから。だが、それは術式を使えばの話。
 名前は、脹相に殺されるのなら、術式も使わず、無抵抗に死ぬと言ったのだ。
 そして、「兄弟」という枠組みに己が入るかどうか不安そうにする理由も、明確になった。
 ──「血の繋がった兄弟」。
 己が確かめたばかりのことを、もう一度頭で反芻した。
 弟たちの元へ向かうべく、歩みを再開する。戸惑う気配。

「俺たち呪胎九相図は呪力を血液に変換できる。オマエはそれを体外で、少し複雑な工程をかけてやっているのだろう。別の物質に呪力を通して、己の血液に変換している。
 血が魂を保証している、と言ったな。名前という魂が在るのだから、その血はきちんと名前のものだ。でなければ保証にならん」
「……、それは、そう、だけど」
「そして、俺はオマエの血が、俺と繋がるものと認識している。
 オマエが自分自身を『そういうもの』と自然に認識できるように。オマエの血は、俺と、俺たちと繋がっている」
「…………」

 名前は何かを言おうとして、何も言えない。その様子に目をやりつつ、脹相は足を動かした。決して駆けることはない。弟たちの元へ辿り着くまで、名前が考えを整理する時間を得られるように。

「……に、いさんと、兄者のこと、は?
 ふたりには、私の血で、術式、輸血するみたいにして、保証を、えっと、うう、わかんないけど、私の一部みたいにして、だから、もしかしたら、変なのが混ざって」
「名前の血が変なものか。
 それに、俺の術式も同じだ。血の繋がりを便りに、弟たちの様子が伝わってくる。俺の術式は、弟たちに作用している、と言えるだろう。
 ……よく弟たちを助けてくれた、お兄ちゃんは誇らしい」
「……う……」

 心配の芽を次から次へと潰され、それどころか称賛も与えられ、口ごもる。最早、脹相に否定される理由を探すような具合で、視線をふらふらと彷徨わせている。

「……で、も、蘇生、って、私じゃないひとから見たら、異端じゃん」
「反転術式でも似たようなことはできる」
「でも『死』が確定してからのものと、『死』の直前でのものは、また別でしょ。
 それに、や、やっぱりおかしい、血は私のものって、本来は違う、変換されてできたものも、本当に私の血なの? 本当に保証できてるの?
 私は死ぬ前の私のままなの?
 私の血は本当に、お兄ちゃんたちと繋がったままの私の血なの?
 そういうの、お兄ちゃんは疑問じゃないの? 私は、お兄ちゃんの……」
「オマエの世界では通用する。そういう術式なんだろう。
 呪術において、自分以外から見れば、に意味も発展性も無いぞ」

 言い募る名前に、ばっさりと否定を返してやる。
 ──名前はそれきり、何も言わなかった。
 150年間、閉鎖空間で己の術式に向き合い続けたのが脹相だ。対して、人間社会に紛れ、あれこれと雑多な物事や他者に乱さなければならなかった名前は、そこまでの「余裕」を持たずに生きてきた。
 何より、兄とは導き手であった。
 もう一度言うからよく聞いておけ、と彼は前置いて、

「オマエと俺は血の繋がった兄弟だ。
 『お兄ちゃん』がその血を保証する」

 名前は泣いた。笑えはしなかった。
 脹相も、構いはしなかった。無理に笑わせるような無体を、兄弟に働くつもりは無かったから。

見間違うなら夜明けの太陽

210411 title by sprinklamp,