03

「…………どういうことだ」

 脹相は、違和感を覚えていた。
 先程感じた、弟たちの死。術式の副次的効果によって伝わった最悪の知らせは、脹相を愕然とさせるに十分だった。いけすかない夏油とうるさい真人の側から離れ、廃ビルの一室、脹相は考える。
 ふたりは死んだ。
 死んだ以上、新たな異変が二人の身に起こるはずもない。なにせ、死んでいるのだ。
 しかし。

「……、先程の……」

 「死」という最大の異変。それに等しい何か大きな揺らぎを、術式が感じ取っていた。
 弟の身に、何かがあった。
 ──確かめなければ。
 歩み出す。ボードゲームを囲む夏油と真人の部屋の前を通り過ぎようというとき、夏油に声をかけられた。

「残念だけど、もう夜が明けた。今から行っても無駄だよ。形見のひとつも得られない。高専は彼らの死体を回収したはずだからね」
「……関係無い」
「あっ、弔いに行くってやつ? 呪霊には無い文化だからわかんないなぁ」
「…………」

 無視かよ。真人が喚くが、どうでもよかった。相手をしてやる時間など、脹相には無い。
 早く、弟たちの戦ったという地へ向かわねば。形見は無くとも、あの異変の理由、せめて痕跡は見つけなければ。兄として、弟のことは見過ごせない。
 ──「死」。
 兄弟の死など、もう二度と味わいたくなかったのに。


「『兄さん』、『兄者』。
 ひとまずふたりは、ここで呪力が回復するまで待機してて」
「……本当に大丈夫?」
「大丈夫。私が人間としか見えないのは今までで実証済み。そういう目を持ってるような奴が来てたらまずいけど、うん。必ず戻ってくるから」
「絶対だからな、名前ー」

 一晩休んだのち、名前はふらつきながら立ち上がっていた。息を吹き返したばかりの壊相と血塗は、未だ床の上で名前を見上げている。名前の呪力は枯渇寸前のままだが、身体の傷の程度には、ふたりと大きな差があった。
 自分の身体がある程度動くようになったと判断した頃、名前は提案した。「兄さんの腕が残っていないか見てくる」と。
 壊相も血塗も反対した。血塗は単純に名前の身体を心配し、壊相はきっと呪術師に回収されてしまったと言った。
 それでも、名前は諦めきれなかった。
 やっと会えた兄に、何か欠けがあること。あのときに焦らず、腕も回収してから助けに入れば、もしかしたらと思ってしまうこと。兄に、欠けを作ってしまったこと。
 悔しかった。悲しかった。
 今は明朝。橋は当然ながら一般人が多く利用する。呪術師たちもきっと、人目を気にして活動を避けるだろう。だからこそ、壊相の腕など昨晩のうちに奪われているだろう。
 それでも、「探す」行為をしなければ、気が済まなかった。

「……じゃ、行ってくるね」
「えっと、行ってらっしゃい」
「いって、らっさい!」

 慣れない挨拶を交わして、廃屋から出る。
 昇ったばかりの日差しが眩しい。頭がくらっとするのを、踏ん張って堪えた。
 八十八橋への道は、ここまで運んできてくれた壊相と血塗が教えてくれたので、なんとなくわかる。向かいながら、横目で景色を見る。コンビニエンスストアに人間がちらほらと居た。
 名前は人間に近い身体をしている。三大欲求のうちの性欲は無いが、睡眠欲と食欲は持ち合わせていた。受肉体の兄たちも、そうかもしれない。帰りがけ、何か食べ物を買って帰りたいところだ。
 ──もうひとり、受肉しているという兄は、どうしているだろうか。
 湧き出た不安に、名前の視線が下がる。
 壊相と血塗から、八十八橋を訪れた経緯は聞いていた。呪詛師と手を組んだ特級呪霊によって忌庫から盗み出され、受肉先を与えられ、両面宿儺の指を手に入れるよう命じられたのだと。
 呪詛師たちの本拠に、呪胎九相図の一番、長兄の「脹相」が残されていると。

「…………、はぁ……」

 正直な話、その呪詛師たちのことは信用し難い。偶然だったとしても、結果的に兄たちは一度死んだのだ。心証は悪い。大体、いくら兄たちが強いとはいえ、重要な任務に受肉したばかりの新入りを送り出すだなんて、捨て駒扱いだったのではないかと疑ってしまう。
 そんな奴らの元に、兄が──「お兄ちゃん」が、居る。
 無事だろうか。酷い扱いを受けていないだろうか。もし何らかの手段で任務の失敗が伝わっていたとして、彼は今どんな気持ちだろうか。せめて、肉体を持つものに必須な行為のことは教えられているだろうか。
 体調の悪さと、いやな想像が、足取りを重くさせようと働く。太腿を叩いて叱咤した。ここでのんびりして、後悔したくはない。
 八十八橋に到着する。残穢はあれど、太陽のもとで見る景色は昨晩とは打って変わっていた。
 兄の腕は、どこだろうか。橋の上で落とされていたが、もしかしたら川の方に転げ落ちてくれているかもしれない。それなら、呪術師たちが回収をし損ねたなんて、ことも。
 どうにか良いように良いように考えながら、橋の上を見渡したとき。
 ──黒い影が、姿を現した。

「……名前、か?」
「────」

 陽光を背負う男が呼んだ名前は。
 その名を知っているということは、つまり。
 ──おにいちゃん。
 声の無い声が、光の下でぽつりと溢れた。

昨日の夜明けをあなたと見たい

210406 title by sprinklamp,