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演習に来ると、色んな審神者に会う。男だったり女だったり、大半は歳上だけどたまに同年代や年下がいたり、いかにも善良そうだったり悪辣そうだったり、心身ともに強そうだったり。
「で、コンプレックスを刺激されたというわけか」
「面目ないです」
きみもよく落ち込み飽きないなあ、と鶴丸さんはけたけた笑った。ぐうの音も出ない。ここ最近へこむ頻度が高くなっているし、穏やかな昼下がりの縁側で話すにはいささかじめじめしすぎる話だし。
申し訳なさを感じていると、鶴丸さんは私の背中をぽんと叩いた。
「いや、暗い顔をしたきみを心配せずにいられなかったのも、良ければ話せと言ったのも俺だ。気にすることはない」
「……ありがとうございます」
「俺のことも気兼ねなく頼ってくれれば良いんだ。俺だってきみの刀なんだからな」
彼はそう言って、私に笑顔を見せてくれる。あえかな容貌とはそぐわない、溌剌で大人びた笑みだ。
私は周囲に恵まれているな、と心底思う。もう一度のありがとう、に、どういたしまして、を返してもらえれば、尚のことそう感じた。
お言葉に甘えさせてもらい、昨日演習場であったことを思い出して息を吐く。
「昨日の演練で当たったところの女の審神者さん、近侍が燭台切光忠だったんですよね」
「ああ、予想はついていたな」
「じゃあ正解です」
「ま、俺たちは特性上同じ姿だからな。妬くのも仕方ないさ」
「……え、あ、そうじゃありません」
鶴丸さんの言葉を急いで否定する。そういう話じゃない。
そうなのか? と目を丸くした彼に、話をさせてもらう。
「えっと、その審神者さん。なんだろう、……上に立つものとして理想の姿だったっていうか。向こうの燭台切光忠含め、彼女の刀剣男士達は彼女をすごく信頼してるようでしたし、仲もすごく良さそうで。演習に臨む姿勢も凄くて」
「ふむふむ」
「……だから、えっと。
…………その人の方が素敵ですよね、って……」
「その審神者の方が主として素晴らしいってことか?」
鶴丸さんの問いは、間違っていなくもない。
「えっと、皆に相応しい主であるかどうかっていうのは、普段からの悩みなんですけど。
今回は、なんていうのかな……。人間として? 恋人として? ううん、恋愛対象として? 素敵な人の方が、恋人として良いんじゃないのかな」
しどろもどろになりながらもなんとか説明しきると、鶴丸さんは納得したように顎へ手を当てた。視線を上の方に投げて、んー、と唸っている。
「やっぱりきみのそれは嫉妬じゃないのか? その審神者を羨んだり嫌悪したりしてないのか」
「え、ど、どうして? 否があるのは力の及ばない私であって、自分の至らなさを思い知ってめそめそしやがってるところですけど……」
そうは言うものの、自分が気付いていないという話はあるかもしれない。私は良い人間じゃないから、本当は嫉妬しているのに嫉妬していないと言い張っているだけなのかもしれない。……でも、私の認識している限りでは、そうとは思えなかった。
視界の中で白い布が揺れる。鶴丸さんは頬杖をついて私を見ていた。悲しそうとも苦笑いともつかない表情の中で、穏やかな色をした瞳だけが似つかわしくない。
「きみも難儀だなあ。俺たちの敵を嫌う暇があったら、自分の敵を嫌えば良いだろうに。
そうじゃないならないで、自分をこんな目に遭わせた世界を憎んだって良い」
「ど、どういうこと?」
「……やっぱりきみはきみってことか。俺はそんなきみが好きだぞ」
「あ、あり、がとう? ありがとう」
よく分からないけれど、好意をもらっているようだから礼を言っておく。鶴丸さんは本当に私によくしてくれて、どうしてこんなに優しくしてもらえるのか分からない。……分からないけど、私には分からない理由だって言うんだろうな。同じようなことを、光忠はあの夜に言ってくれた。
思い出していると、鶴丸さんに声をかけられたので、そちらを向く。
「本人には聞いてみないのか? 自分で良いのかって。あいつは確実にきみが良いんだって言ってくれるぞ」
俺だって主はきみが良いがな、と付け加えられた。ちょっとだけタイムリーで、思わず笑ってしまう。それを見た鶴丸さんが訝しげにした。弁解と否定を込めて首を横に振る。
「光忠が私で良いと思ってくれてるみたいなのは、わかってますから」
理由が分からないから納得は出来ていないけれど、光忠の気持ち自体を否定しているわけじゃない。そういうのは、もう、やらない。……納得できていないあたり成長と言うには程遠いものの。
鶴なのに鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている彼に、いつか考えたことのある話を引っ張り出す。
「有り得ない仮定だけど、光忠が現世にでも行ってみてくださいよ。あんな格好良くて、素敵で、それから、……どんな形容詞も光忠には役不足だから保留するとして。
とにかく、光忠の周りには、きっと色んな人が集まります。私より素敵な人なんて、……星の数ほど居るし」
情けないことに、言いながらちょっと泣きそうになった。
「……でもそれはもしもの話。ここにある今は、私で良いって思ってくれてる、らしいから」
そう締める。鶴丸さんは眉を顰めた。
「今の間だけでも良い、と?」
低い声だった。何を怒っているのか見当がつかなくて、つい身が強張ってしまう。回らなくなりかける頭で、なんとか言おうとしていたことを口に出した。
「いいや、それは無理です。泣いて縋ります。私に彼は手放せないから。光忠以外駄目だから。光忠が良いから」
沈黙。幾許かの後、それを打ち破ったのは鶴丸さんの大きな溜息だった。またびくりとしかけて、彼の雰囲気がぴりぴりしていないことに気付く。
そっと目を合わせると、今度こそ瞳までも哀しそうなそれに変わっていた。
「きみ、それは、──うん、……素直だなあ」
「……私、このことに、嘘つけないです」
返しながら、鶴丸さんの哀しそうな顔が気になって心臓がばくばく鳴る。何かまずいことを言っただろうか。とうとう言葉が出なくなって口を噤むと、鶴丸さんの腕が私の方に向かって来た。つい目を瞑る。ぐい、と肩を引かれた。横に倒れこむ。危うく頭を鶴丸さんの顎にぶつけかけた。肩を抱かれているのか後ろから抱き締められているのか、中間のところにいる。斜めになった体がやや辛い。ただ、触れる背中は温かかった。
「なあ、俺は、きみの刀だからな」
彼の声は、ことのほか優しい。さっきの表情は気掛かりだけれど、少しだけ落ち着きを取り戻す。頷いた。
「頼りにしてる」
「もっとだ。爺さんは孫に頼られたいんだ」
「孫」
「不満か?」
「いや、びっくりしただけで。そういう呼び方、嬉しいです」
親しみを持ってもらえているようで。そう呼んでもらえているのなら、気分を害したわけではないのかもしれないし。
……頼って良い、ということなので、ちょっとだけ調子に乗らせてもらおうか。とりあえず、肩の力を抜いて鶴丸さんに身を預けてみた。