始まり01
「審神者?」
黒服の言葉を繰り返すと、そいつは機械的に頷いた。
時は2205年。科学が大いに発展し、非科学は否定される時代。
そんな中、騒がれるようになった言葉があった。
「歴史修正主義者」。
名前の通り、歴史を彼らの望むままに修正しようという思想をもった者たち。いくら大科学時代でもタイムトラベルの方法など発明されていないというのに。
正体はいにしえのカルト集団だの、地球を侵略したい宇宙人だだの、都市伝説にすぎないだの、曖昧模糊、実態の掴めない噂ばかりが流れた。
私は毛ほども気にしていなかったタイプの人間だ。
過去が変わったのなら連動して現在も変わり、その変化にきっと気付くことはない。変わる前の歴史を、完全に塗り替えられてしまった後の誰が知っていようか。毎日朝食にトーストが用意されていて、ある時バターロールが出されるようになったとしても、今までトーストを食べていた記憶がバターロールを食べていたものに挿げ替えられてしまっているのなら、違和感など抱けない。
結局、不快に思うことなど何もない。
それならそれで十分だ。今が楽しければ良いのだから。──だって、この状況を誰が想像できようか。
「遺伝子検査の結果、御令嬢に審神者適性の保持が認められました」
突然家を訪れた男の言葉はそれだった。居間に上がり込んだ政府の人間を名乗る彼は診断書らしきものを私と両親に見せ、此方が何かを言う前に説明を始めた。曰く、
「歴史修正主義者は日本古来の秘術を無理矢理に用いて過去へ遡り歴史を改変しようとしている」
「目的の実行のため悪霊化させた付喪神を使役している」
「政府はそれを食い止めるべく、水面下で審神者と呼ばれる役職の者を過去に送り続けている」
「審神者は付喪神を実体化させ、力を与えられる者のこと、彼らの扱う非科学には非科学しか太刀打ちできないがために必要な存在である」
「しかし人間は長い歴史の中で身体を進化させ続け、日本の血にも他国の血が混ざり続け、時を遡る日本古来の秘術を安全に行うことも、付喪神という日本古来の存在を呼び起こすことも、身体的に難しくなっている」
「遺伝子検査で日本の神秘を扱い得る適性が有ると判明した場合、審神者の職を任命される」
云々。なにが任命だ、ただの徴兵じゃないのか。
大体それは私の身体が時代遅れということなんだな。遺伝子的な問題なのにうちの家系で私だけに適性が有るだなんてどういうことだ、先祖返りとか劣性遺伝とかうやつか、私は理系科目は苦手なんだ。
隣の両親が男に反論する叫び声をBGMに、混乱する頭にも疑問は色々浮かんで、けれどテーブルの上に置かれるトランクに目がいった。
ごとりと重そうな音を立てたそれの中身は一面、見たこともない量の、札束。
私の命との引き換え品。私には別に支給があって、これは家族に与えられる分らしい。
「すみません、ちょっと資料ください」
「どうぞ」
名前、名前! 悲鳴じみた母親の声。彼女には悪いけれど、煩いと思ってしまった。資料を奪い取ろうとする彼女は黒服男に抑えられて、父親は泣きそうになりながら私を見ている。
それを横目にしたあと、資料に目を通した。審神者となった場合、どうなるか。
探せば項目はすぐに見つかって、書いてあったらいいなあ、と思っていた文だって存在していた。
「戸籍の消去と記憶処理、可能なんですね」
「ええ、貴方が望むのであれば。貴方の存在した事実をあらゆる記録と人の記憶から抹消できます」
違法とされている記憶処理でさえ、政府は行なってしまうよう。有り難いことだ。
察したらしい両親が叫ぶけれど、まあ、それも今のうちだ。ある日朝食が出されなくなっても、毎日朝食を食べていたことさえ忘れていたら、別に気付くことはないのだから。
残るのは幸せに暮らせる大金だけで、不快感など其処にはない。
「私は別に良いですよ」
「話が早くて助かります」
激しく泣き喚く声がする。
どうせ避けられない事実なら諦めてしまった方が楽だし、大体において私は大声が嫌いなのだ。
この選択が後でどんな結果をもたらしても、私は今楽になれればそれで良い。
触ってもいいですかと許可を取って持ち上げたお金の一束は、思っていた以上に軽かった。