02
「──エッ」
「あ、……常連様」
ゲームショップから帰るついでに、他の買い物をしていたところだった。店員に怪しまれていないことがわかって、しかも「また」と言われてしまっては、オリアスはすぐに寮へ帰れなかった。誰の目にもわかるほど浮き足立ってしまっていたのだ。
気持ちを静めるために、本屋やコーヒーショップへ行き、最後に、もう夜も近い空の下、コンビニを訪れていた。
そして、コンビニ限定商品を求めて使った“占星”が働いたのかもしれない。
オリアスは、あの店員とばったり出くわしていた。
「ああああ、あのッ、これはマジで偶然で、『たまたま』だけどそうじゃなくて」
「はい。……怪しんでいません」
「う、ウン、よ、よかった……」
本日2回目の安堵。勿論、ここはコンビニの入り口前なのでへたり込まない。舗装された道路もシンプルに痛そう。胸を撫で下ろしたが、心臓は未だ、別の理由でどくどくと脈打っている。
店員は、「店員」の服装をしていなかった。店の外なのだから当然といえば当然なのだが、明らかに私服だとわかるそれが、脳内をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回す。似合っている。素敵だ。働き者だから店員の服もしっくりきていたけれど、私服もまた、この人らしく見える。
というか、制服の印象しかなかったところに、知らない姿をぶちこまれて混乱している。
「…………」
「……エット、店員さんは、夕飯買いに来たんですか?」
「はい」
「そっか~……」
成り行きで、ほぼ同時に入店する。会話を試みるも、なんだか続かない。これだけ話しかけられた時点で進歩ではあるのだが。不審に思われていないと確信できたこと、店で向こうから話しかけてもらったことで、枷が外れたのかもしれない。
──俺と話したくない、ってワケじゃないよね? 話しかけてくれたし。……あ、仕事を思い出させる相手と休みに会いたくないっていうのはあるかもな~……。
ことこの店員に関しては、オリアスの思考はマイナスに行きがちだ。遊戯師団の顧問としても、勝負に出てこそだと思いはすれど、うまくいかない。
頭をかきながら、カゴを取り、スナック菓子のコーナーへ向かう。
その後ろを、店員が着いて来た。
「……え、夕飯は?」
「ご迷惑でしたか」
「いや、そうじゃなくて……」
なんだか噛み合わない。かといって、それが嫌なわけでもない。心臓に悪いだけだ。
不思議そうにした店員は、手持無沙汰そうに陳列棚を眺める。やはり、菓子を買うわけではないらしい。
「……店員さんは、魔がりこは何味が好きですか?」
「…………魔がりこ」
「ハイ」
今日よく聞いた、簡潔な返事をオリアスも口にする。店員は商品をじっと見た。
その目線の彷徨い方が独特だったのに、気付いた。迷っているだけ、という風ではない。相手のポーカーフェイスを見破るのは、教師として、遊戯師団顧問として、培われた能力だ。
そんなオリアスの目には、店員が、自分と菓子の間をなぞるように視線を動かしたのが、見えた。
──癖? いや、癖にしては……。
つい分析してしまうのは職業病で、はっとして思考を止める。相手は生徒ではないのだ。あまり詮索するのもどうだろうか。
振り払うオリアスの前で、店員が指先を向ける。
「これかなと思います」
「美味しいですよね、それ~」
月並みな相槌を打って、笑ってみせる。オッケー、覚えた。店員さんはこの味が好き。
せっかくなので、などと言って、ふたつカゴに入れる。
ゲーム中のサブクエストをクリアしたぐらいの気持ちになって、菓子の山に向き直った。
その間、店員がずっと、隣に立っている。
なんで?
はっきり言って意味が分からない。嬉しいけれども、何を買うのか見られているのは、なんとも形容しがたい気恥ずかしさがある。最近はそれなりの格好で会っているけれども、菓子ばかり食べる男だと思われているだろうか。事実なのだが。ゲームショップに頻繁に通っているのも含め、ゲームしながら菓子を貪る休日を過ごしているのは言い逃れできないが。
……いや、マジでなんで、店員さんは俺の方見てるの?
疑問は絶えない。けれど、問いかけたら、また「迷惑ですか」と言われてしまう気がする。それで好感度に影響したらめちゃくちゃ嫌だ。
動揺を誤魔化すように、菓子をカゴに投入していく。
「………………」
「………………」
結果、沈黙が流れるばかり。そのうち、とうとうカゴがいっぱいになって、さすがに手を止めた。
「買いに行きますか」
「ウ、ウン……」
店員が、レジを指さす。オリアスとしても、買いたかったものからちょっと欲しいかな程度だったものまで、軒並み制覇してしまっていた。これはもう会計に向かう他ない。
肯定すると、店員は踵を返した。どこに行くのかと目で追えば、パンと弁当が向かい合わせになった通路だった。夕飯を見繕いに行ったのだろう、ようやくと言うべきか。
行動が、超読めない。オリアスの傍に居た時も、店員はいつもと同じ、ぼうっとした顔だった。何を考えているのかわからない。
──それが、不快かなんて、そんなまさか。
厄介ではあるけれど、簡単にうまくいくのも面白みが無い。
ただ、心臓に負担がかかるだけで。
一度息を吐いて、レジに向かう。夕飯を買いに行った店員は、事前に何を食べるのか決めていたのだろうか。ちょうど会計を済ませるところだった。
「て、っあ、あの!」
「はい」
店員さん、と言おうとして、コンビニ店員と間違われぬよう呼びかけ方を変えた。それでも声をかけた相手は自分のことだと認識してくれたらしい。袋を携えたまま立ち止まり、オリアスを見る。
よかった。早足でレジに向かい、話を続ける。
「ちょっと待っててもらってもいいですか?」
「はい」
「ありがとうございます」
肯定に、内心でガッツポーズ。ただし、カゴいっぱいに商品を詰めた過去の自分は呪っておく。
今、引き留めなければ、次に会うのは普段通りのゲームショップになってしまう。そんな勿体無いことを、もうそのままにはできなかった。
長々と続く会計にそわそわしながら、店員を見る。仕事終わりの夕飯前に時間を消費されているだろうに、事もなげだ。
大サイズの袋を提げ、コンビニの隅に立つ姿へ駆け寄る。
「すみません、お待たせしてしまって」
「いえ」
軽い否定と共に、店員はオリアスの隣に並ぶ。心臓が跳ねた。
一応、店員と常連客のはずだ。
そのはずなのだが、店員は妙に気安いような気がする。
──これは、もしかしたら、もしかするんじゃ。
調子に乗りそうだった。冷静に判断したかったが、この後のことを考えると、勢いづいているぐらいが丁度良いかもしれない。
コンビニを出て、そのまま敷地内の、他者に迷惑がかからなさそうなところに逸れる。次いで、買ったばかりの菓子が詰まった袋を覗き込んだ。目当ての物は、上の方にある。がさごそ手で探って、取り出した。
目前の相手に差し出す。
「ハイ。これあげます」
「……魔がりこ……」
「……好きな味ってこれでしたよね?」
ぱちぱちまばたきをする相手に、いささか不安が湧いて、確認する。店員がややあって首肯したので、それなら、と更に畳みかける。物で釣るというわけではないが、ポイントは稼ぎたい。
なんなら、好きな物に嬉しそうな顔をするのが、見たい。
ひどく自己中心的な──悪魔らしい動機で、手の中の物がある。
「……ありがとうございます。いただきます」
けれど、そう上手くはいかない。眠たげな表情はいくらか和らいだようだったが、笑顔というには遠かった。
若干挫けそうになるが、自分を叱咤する。人差し指をぴっと立てる。
「あの、あー、別に代わりにってワケじゃないんですけど、これとは別で。
……れ、連絡先って、交換してもらえますか?」
「はい」
「怪しい奴じゃ、って、エ?」
「怪しいと思ってません」
ええいままよとした提案をあっさりと飲まれ、オリアスの側が挙動不審になる。オリアスが呆然とする中、店員は自分のス魔ホを取り出した。
「登録名、何がいいですか」
「え?」
「……家系能力、明かされませんでしたから。家名は嫌かと思って」
「あ、あ~~~~…………」
そういえば、怪しい者ではないという弁解の際、家系能力を話に出した。今思うと下手くそな言い訳だったが、店員は自分なりに解釈して受け入れているらしい。素直なのが、シンプルに胸に来る。
しかし、しかも、下の名前で呼んでもらうチャンスだ。舞い込んできたのではなく、自分の勝ち取った幸運に、これはサブクエストどころかメインクエストをクリアしている、と噛み締めてしまう。
自分もス魔ホを取り出しながら、とうとうやって来た自己紹介。
「俺、オズワール。よろしくお願いします」
「オズワールさんですね。私は名前です」
「……もしかして、本名で、名前ですか?」
「オズワールさんがご自身の名前を明かしているのに、私だけ名乗らなかったら、オズワールさんに対してフェアではないと思いました」
──……好きになっちゃうじゃん!!
叫び出しそうなのを堪え、連絡先を交換する。魔インと電話帳の欄に「名前」の文字が表れて、ス魔ホを握る手に力が入った。感無量。
「ありがとうございます。たまに連絡していいですか」
「はい。
あと、オズワールさん」
「何でしょう」
「敬語、無くていいです。多分、私のほうが年下です。店じゃないですから」
「い、……いいんだったら、是非ッ、そうさせてもらうね!」
──もの凄くラッキーハッピーなんだけど、今、俺って魔力切ってなかったっけ?
そんな疑問が、頭に浮かんだ。