01
オリアス・オズワールはゲームが好きである。
悪魔学校バビルスでは遊戯師団の顧問もしているし、休日は夕方に起きてゲームをするような生活サイクルを過ごしている。
そんな彼にとって、ゲームとは通販で買うものではなかった。職員寮に住む教師たちもゲームは好むが、なにせウチにはナベリウス・カルエゴがいる。カルエゴは自宅から通勤しているが、いつ職員寮に抜き打ち監査を仕掛けてくるものかわからなかった。
教師たちが共用にしている品ならまだしも、自分個人の物を取り上げられたくはない。そして、己の足で現物を買いに行った方が、箱や伝票が見つかりかねない通販よりはリスクが低い。いくら“占星”があったって、魔力を切っているときもある。用心するに越したことはないのだ。
それに、ゲームショップに通うのも悪いことではなかった。魔力を使いながら行けば、最新ハードがやたら割引されていたり、レトロでレアなゲームが入荷されていたり、あらゆる幸運が舞い込んで来た。
それだけではない。
──あ、今日もあの店員さん、いるじゃん。
オリアスは、心の中で独り言ちた。ゲームショップのレジに、もうすっかり見慣れた顔があった。
名前は知らない。この店では客とのトラブルを防ぐため、店員は偽名の名札をぶら下げている。
オリアスがその悪魔について知っていることと言えば、いつもやや無気力そうな表情をしていること、仕事はしっかりこなすこと、商品を並べるとき、たまにゲームのパッケージをしげしげと眺めていること。
それから、自分の“占星”で買い物に来ると、必ず、レジなり商品棚なり、客──すなわちオリアス──の目の届くところで働いていること。
これは別に、「向こうがはじめからそういうシフトにしているため」ではない。「オリアスが会いたい悪魔に、必ず会える」という幸運のためである。
まあ、要するに、オリアス・オズワールは。
名前も知らぬ相手に、想いを寄せていた。
「お、入荷してる~」
とはいえ、ゲームショップでゲームを買わないわけもない。気になる悪魔と会うためだけに来て店は冷やかすなど、ゲーム好きとして許しがたいし、単純に問題客だ。オリアスははっきり言って、自分の行動に怪しさがあることも自覚している。
毎日通うスーパーでもコンビニでもなし、足繁く通ってはいれども、そう頻繁ではないゲームショップで、同じ客とやたら顔を合わせるというのは、向こうにとっては不審だろう。いくらゲーマーだとしても。
……そもそも、顔を覚えられてもいないかもしれないが。それはそれでへこむが。
とりあえず、目当てのゲームを手にしつつ、店内のテレビで流される新作のプロモーションビデオを眺める、ふりをして、少しばかり店員の様子を窺う。ビデオやCDのレンタルもしているからか、レジの前に客が途絶えることはない。それを、件の店員は淡々とさばいている。たたずまいは気だるげなのに、商品や金銭を扱う手つきは手早くも丁寧で、客の相手や挨拶の言葉ははっきりと、お辞儀は深々。それだけでもう、人柄がわかる気がしてしまって、胸が詰まる。
高額商品を陳列する棚の前に歩いていき、オリアスは鍵付きのガラス扉と向かい合う。それを鏡代わりに、身なりを整える。今日の服装はシャツにカジュアルなジャケット、髪は少しだけセットしている。学校で着るようなスーツとハットでゲームを買いに行けば、寮で他の教師に怪しまれる。生徒に見られるのも危うい。とかく悪魔は面白いことが好きなので、他者の色恋沙汰など、興味津々でつっついてくるに決まっているのだ。きまった服装で会いたい気持ちはあれど、初めて対面したときはスウェット姿であったし、今更にすぎた。せいぜい、外に出てもラフすぎない程度が丁度良かろう。
髪や服の乱れを精査しきって、崩れないよう慎重に、しかし足早にレジへ並ぶ。
列の進みが遅ければ、長く見ていられる。けれど、あんまりじろじろ眺めるのも怪しまれる。
列の進みが早ければ、早く近くに行ける。けれど、会計が終われば、それで会える時間は終わり。
気安く連絡先でも聞くことができれば違った。それはオリアスにもわかっている。
しかし、ただ会うだけの日々は、感情を降り積もらせるばかりで、逆にオリアスの声帯を固着させていた。
「これ、よろしくお願いします」
「はい。少々お待ちください」
販売用の展示品を渡すと、店員は後ろの棚へと振り返る。タイトルを一瞥し、現物を探し出して、「こちらでよろしいでしょうか」とオリアスに見せた。オリアスも頷く以外の返答を持たず、商品が袋に入れられるのを――商品を袋に入れる店員を見ていた。
その手が、ふと止まる。店員はオリアスの後ろを見ていた。つられて視線をやると、そこに人影は無い。今、このレジに並んでいるのは自分だけらしい。
店員は次いで、オリアスを見た。
「お客様、よくいらっしゃいますね」
「へっ」
思わぬ言葉に、上擦った声が出た。それ以上は何も音にならず、はくはくと口を開閉させる。
その間も、店員は続けた。
「不思議がっていたので」
ヤバイ。
オリアスの頭に浮かんだのは、その三文字だった。こうなってはどうにか会話をするしかない。客と店員のトラブルに気を遣って偽名を配布する店だ、ストーカー疑惑でもかけられたら、出禁になること間違い無い。
――このとき、オリアスは魔力を使っていなかった。
急いで息を吸う。焦った頭を落ち着ける。
「俺は、怪しい者ではなくてですねッ」
「はい」
「すっ、ストーカーでもなくてッ」
「はい」
「よくタイミングが合うのは、……ほ、ホラ、家系能力で、『たまたま』、ねっ!」
「そうですか」
店員の受け答えは淡々としていた。気を害しているのか、そうではないのか、判断が難しい。店員は再度、オリアスの後ろを確認しながらも、慌てる彼自身の様子をじっと見る。幾ばくかして、ああ、と声を漏らした。
「何も、怪しい悪魔だとは思ってはいません。またいらっしゃってください」
「……っよ、よかった…………」
心底安堵する。ここが人目のある場でなかったら、安心で崩れ落ちているところだ。
店員はただ、オリアスの様子に首を傾げるばかりだった。