別に、悪人ではないのだ、直江殿は。
ただ、上杉での育てられ方が気になる。自分から聞き出すつもりはないから、気になると言ってもその程度だけれど。
「義とは、人の心にある、『大切なものを守りたい』という気持ちを言うのだ」
今、直江殿は子供たちに例の教えを説いている。私はそれを横で聞き流していた。
──「義とは」。その捉え方自体は、感服するのになあ。
残念だ。と、そう思わずにいられるものか。立派な考え方だと感じるからこそ、不義を正すだとか押しつけがましい正義にしてしまうことは、勿体ないと思う。
まあ、口にはしないけれど。いくらこの茶屋で話すようになってきたとはいえ、身分に差がある。ずけずけと言うのは控えておく。少なくとも今は。
喉を潤しながら、子供たちの方を見る。純粋無垢な彼らは、へえ、かっこいい、と目をきらきらさせていた。丁度、おにいちゃん、もしくはおねえちゃんぶりたいぐらいの年齢だ、あの教えは響くものもあるだろう。
まさしく義の英才教育。直江殿もそうだったのだろうか。子供たちが直江殿と同じ方向に走らないことを願うばかりだ。
願うだけであって、私からは干渉しない。人の思想を批判はしても、押し付けたり変えようとしたりするのは誰かに任せた。
そんなわけで直江殿は止まることなく、一連の思想を子供たちに説いていく。
……どうも、先の言葉以外は教え方も微妙なんだよな。
唇の尖るのを感じる。口元を引き締め直した。直江殿に思考を割く必要などどこにもない。
「うむ、弟を守ってやるのだぞ!」
直江殿は、ひとりの少年に熱く激励を送っている。先ほどの予想通り、幼い弟におにいさん顔をしたい子であるらしく、直江殿と熱心に話し込んでいた。直江殿が握り拳を作るのを少年も真似しているけれど、いいから。そいつの真似しなくていいから、少年。
ここに新たなる義戦士が誕生した、とわあわあ騒ぐのに、心の中で溜め息を吐く。布教が成功してしまったようで。
そうやってひとしきり盛り上がったあと、子供たちは去って行った。次はどこに行くのだろう。好きに駆けるのは子供の特権だ。引き留める理由も無い。見送る。
「良い子供らだったな。聞いていたか、あの立派な義心を。まだ幼い弟のために良い兄でありたいと──」
「いえ、そこまでは」
「聞いていただろう」
こちらを向いた直江殿は、妙に確信めかせて言った。
だから、決めつけるのは如何様なものか、と反論しかける。抑える。頬がぴくっとした。
直江殿はそんな私にも構わず、
「お前は、人の話を聞いていないようで聞いている」
「……気のせいですよ。直江殿は私を買い被っていらっしゃるらしい」
「ははは! そういうことにしておいてやろう!」
むかつく。やたら自信満々で上から目線、自分の見ているものが間違っていないと思っている。
笑い飛ばされたけれど、私がもう少し身の程知らずだったら「あなたよりは」と答えていたところだ。
相手をするのが面倒になってきて、湯のみに口をつける。
「名前」
「……ん、はい」
それでも名指しされたら答えざるを得ない。仕方なく口の中のものを嚥下する。
直江殿は、逸らすことなく私を見つめ、自分の胸に手を当ててみせた。
「私は上杉の民を愛している。私は愛する者たちを守りたい」
「はい」
頷くだけ頷いておく。
「……そういうことだ!」
……いや、どういうことだよ。
要領を得ない言葉に、はあ、と適当な相槌を打った。
それでも未だ、直江殿は私を見ている。私に何か求めている返答でもあるのか、私に何か言いたいことが他にあるのか。
その視線がなんだかやたらと癪に障って、目を逸らしてやった。
title by レイラの初恋 170531