01

 面白い話を聞いた。
 上杉家は「義」を掲げている。それは既知だ。
 けれど、その上杉家の家臣、直江兼続。
 彼は特に、その義を力強くうたうらしい。
 そういう、偶然の興味からだった。私が一介の旅人の「名前」として、彼のもとを訪れたのは。
 あとはまあ、民との交流も深く、教えを説く姿も珍しくないらしいとも知ったためでもある。ただの旅人として接触したって見逃してくれそうだから。
 上杉のお膝元の某という村で目ぼしい農民に声をかければ、直江様はあちらで田植えのお手伝いをしてくだすっています、と告げられた。なるほど、民と共に田植え。噂通りの人物らしい。
 教えてもらった方へ行けば、田植えをする民たちの中にひとり毛色の違う男の姿があった。髷をさらさらと揺らしながら腰を曲げている。
 田植えを手伝う姿は真剣以上に楽しそうで、ほう、と感嘆する。真面目ながら労働に苦痛も見せず、さらには、どうやら周りの農民たちにも明るく声をかけて彼らを鼓舞しているようだった。
 これは。
 うずうず、と心が躍りたがる。話してみたい。話してみたい!
 人格者というものの話を聞くというのは、私にとってたいせつな事柄だ。難解な内容のときもあるけれど、噛み砕く時間が必要になったって構わない。むしろ理解できない話こそどんと来い。
 聞かせてほしい。
 あなたはこの戦乱の世に何を思っているのか。何が正しい道なのか。私たちはどうするべきなのか。
 駆け出した。

「直江兼続殿! 村の方々! わたくしもお手伝いさせてください!」

 まずは彼の傍に行ってみたい。


「ひとりで旅? 若すぎる。危険ではないのか」
「はい。ですが、これでも腕はそれなりに立つと自負しています」
「……確かに少なくとも体力はついているようだな。田植えのあとだというのにあまり疲労が見えぬ」

 田植えの手伝いが終わり、日も暮れたあと。私と直江殿は村の茶屋に来ていた。直江殿や田の村人たちは得体の知れない私を快く田植えに混ぜてくれたうえ、私が元々は直江殿に用があって訪問したのだと知れば話す場所も貸してくれたのだ。治める人の性根が優しいと、村人にもうつるのだろうか。
 直江殿も、突然現れた見知らぬ人間と茶屋などよく了承してくれたものだ。子供であるせいかもしれない。ふむ、と私を見る視線は警戒心ではなく興味に彩られていて、少し気恥ずかしいぐらいである。
 不用心なのは私より直江殿だと思わないでもないが、上杉にも忍びが居るというし、彼も武人だし、もし私が悪者だとしてもひっ捕らえる自信があるのだろう。

「それで、私に用とは?」

 直江殿の目は、びっくりするくらいに澄んでいて、どきどきする。
 ──この人が、きっと、私の求めていた相手だ。
 自然とそう思った。
 声を発するために息を吸うと、顎がわずかに上向く。自分でも高揚しているのがよく分かった。

「直江兼続殿は、義の人と伺いました。そして、わたくしのような者にでも義を説い」
「私は嬉しいぞ!!」

 大きな声。
 肩が跳ねる。あれ、今言葉遮られた?
 戸惑う私の前で、直江殿は拳を作って口元をめいっぱい上げている。え? 何?

「そうか! お前も義戦士! はるばる私に会いに来てくれたと、そういうことだな!」
「え、え……?」

 義戦士ってなんだよ。
 反応に困る。待って、ちょっと待ってほしい。待ってほしいがうまく声が出ない。
 その間に直江殿はべらべらと喋り続ける。

「新たな同胞に、しかも危険を冒してまで集ってくれるほどの義と愛と気概に満ちた若者に会えるとは、今日はなんと素晴らしい日なのだろう! お前が田植えの手伝いを申し出てくれたときから私はお前の義を見抜いてはいたが、まさかここまで熱心な義戦士とは気付けなかった! 私もまだ精進が足りぬな! 腕も立つというのも素晴らしい。
 いざ! これからお前も共に世のために戦おう!」

 情報量が多くてよく分からない。

「共に不義を正すのだ!!」

 ────こいつ、なんと言った?

「な、おえ、かねつぐどの」
「ああ、そうだな! お前のような者が居てくれるなら我ら上杉も」
「待ってください!!」

 匹敵するぐらいの大きな声を目指した。それは目標に到達していたのか、直江殿も目を丸くしたあと満面の笑みで「どうした!」と私の言葉を聞く構えになってくれる。良かった、ほんとうに良かった。
 けれど、良くない。

「直江兼続殿。今、『不義を正す』と?」
「その通りだ! 嘆かわしいがこの世には未だ不義が存在している。我らはそれらを正し、世に義と愛を敷かねばならぬ!」

 そうだろう、同志よ。
 直江殿はそう言って、私に期待に満ちた瞳を向けてくる。
 ──その視線は、白く白く白く、曇りきったものに見えた。

「……直江兼続殿。私は」

 声が震える。胃の腑も心の臓も震えている。喉も唇も視界も、とにかく私を構成する細かなものすべてが揺れていた。
 ────腹立たしい。腹立たしい。腹立たしい。腹立たしい。腹立たしい。
 何が「義」だ。何が「求めていた相手」だ。
 なんで私は、この人に期待してしまったんだ!

「私は、あなたの同志などではありません!!」

 音にかたちがあるのなら、きっと私の言葉はこの男の頭を殴りつけていた!
 相手は武士だからとか失礼だとかそういうのはもう関係なかった。目を丸くしているこの男の胸倉を掴んで怒りをぶつけてやりたい気持ちでいっぱいだった。
 ……理不尽な怒りだなんて、分かっている! 私が勝手に期待して、私が勝手に、「裏切られた!」と、そう思っているだけだ! 私の怒りの半分は自分に対してのものであって、こいつに全てぶつけられるべきものではない!
 それでも、それでもこんなくだらないことを口にする男は、腹立たしくて仕方ない!
 お前はこの乱世をそんな目で見ているのか、自分たちこそ正しいと、敵対する輩は悪だと、そんな偏った価値観で!

「落ち着きなさい」

 ぽん、と後ろから肩を叩かれる。慣れない声に振り向くと、茶屋の主人たる老人がそこに居た。老人はそのまま直江殿に頭を下げて、謝罪の言葉を述べる。私のことを、謝っているらしかった。
 急速に頭が冷える。自分が肩で息をしていたことにようやく気付く。
 ────やらかした。
 老人に半ば無理矢理頭を上げてもらってから、本来謝るべきである私がやり直した。
 これはどうなってもおかしくない。
 ……悪い、政宗。もう今後一切会えないかも。
 しばらく会っていない兄貴分の、けれどよく覚えているその顔を頭に浮かべ、心の中で彼にも謝る。それでもどうせ帰る場所など持たない身だ。私などどこで死んだってかまわない。覚悟をすることなど無い。まあ、折角茶屋なのになんにも食べていないのは残念かもしれないが。
 さあ、好きに断罪すると良い。「不義を正す」とやらをすれば良い。
 そう、思ったのに。
 直江殿は、──私を許してしまった。

灰に火を見る

title by afaik 170419