01

「名前に言っておこうと思ったんだけどよ」
「どうしたのー」

 ──「お前は人を信じすぎだ」と、いつか母に言われたのをよく覚えている。此方にしてみれば言い掛かりも良い所で、信じられる人と信じられない人とをしっかり見極めているつもりだ。──だから、

「オレは普通の人間じゃない」
「え、ほんと!? 何々!? ね、ランサー! それってどういうこと? 気になる!」
「………………、は?」
「ん?」

 そんな風に感じて彼を困らせてしまっても、私は自分を問題だとは思わない。手元の新聞を放り出して彼に迫る。あぐらをかく彼の膝を軽く叩いて続きを促した。目を瞬かせた彼が小さく息をつく。

「オマエ、信じやすすぎやしねえか?」

 あ、彼にも言われるだなんて。心外だ。むっとして、彼の膝を叩く速度を速める。ちょっとだけ楽しい。それでも彼は苦く笑いながら私を見るから、疲れてきた手首を言葉で代用する。

「で、ね、普通の人間じゃないってどういうこと? やっぱりヤのつくお仕事?」
「やっぱりってなんだ、やっぱりって」
「そりゃあ、うーん、アロハシャツ?」

 アロハかよ、彼が肩を落とした。でもそういうお仕事の人はアロハシャツというイメージがあるし、実際にお巡りさんに不審がられているのも何度か目撃している。港にだって彼を怖がって人が寄り付かなくなったりした。でも違うというのならなんなのだろう。話しておこうと思ったそうなのにこれほど歯切れが悪いというと、相当言いにくいことなんだろうか。不法滞在とかかな。それともお忍びで来た何処ぞの王族? 流石にそれはないかな。想像を巡らせながら彼を見つめていると、あのな、と。

「オレのことはランサーって呼べっつってたろ? それよ、本名じゃねえんだわ」
「おお、偽名? 偽名?」
「偽名っつーか……、まあ似たようなもんだが」

 これは王族ワンチャンスあるのかな。あ、いや、不法滞在も偽名を使うかもしれない。どっちにしろ真相が気になる。続きが気になるようにしながら細かく切るなんて、週刊誌の漫画みたいだ。あれ、まさか彼は漫画家? でも締め切りに追われている様子も無かったしなあ。彼が漫画を描いているならどんなストーリーなんだろう。任侠? 恋愛? ファンタジー? あ、脱線してきた。彼の答えはいかに。

「あのよ。──オレな、ケルト神話の英雄なんだわ」
「ほほう!」

 まさかの物語の中の人でしたか! 物語の人間が実在するなんてすごく夢があるじゃないか。頷くと、彼はまた苦笑いした。さっきよりもちょっと顔が引きつっていて、信じるのかよ、と顔に書いてある。確かに今回ばかりは、信じすぎだと言われても仕方ないかもしれない。さっき叩いちゃってごめんね、という気持ちを込めて彼の膝を撫でた。

「ケルトってヨーロッパの端っこの方だよね? 確か島と大陸で大分文化分かれてるんじゃなかった?」
「ああ。オレのとこは今で言うアイルランドだな」
「じゃあアイルランド人なんだ!」
「まあ、そうなる。……で、あー、親父は神なんだが」
「え、それかっこいい! めちゃくちゃかっこいい! なんの神様?」
「……主に太陽神」
「ふおおお! かっこいい!! 強そう!!」

 彼が引き気味だ。かく言う私は、目の前の現実への好奇心でいっぱいである。第一私は神話が好きなのだ。ケルト神話はまだ読んだことがないから、ここに居る本人に是非話を聞きたい。生き証人というやつだ。……使い方合ってるかな。

「あれ、ね、てことは幽霊なの?」
「英霊ってやつだな。魔術師に召喚されて、」
「魔術師! 魔術師!? わー!!」
「うおっ」

 テンションの上昇、ここに極まれり! 魔術師というワードの格好良いこと! 興奮のままに彼に飛びつく。受け止めた彼はびくともしない。勢いをつけたはずなのに、ちっとも後ろに倒れたりなんかしない。普段から力が強いなあと思っていたけど、うん、そうか。彼は英雄だからなのか。納得のいく理由が得られて満足だ。

「魔術師っつっても結構えぐいぞ」
「えぐいの? 霊を喚ぶってことはネクロマンシー? 黒魔術?」
「そんな喜々とすんなよ」

 これについては説明すると長くなるから少しずつな。頭を撫でる彼がそう言う。はーい。気になるところで切ってばっかりだけど返事をした。好きな食べ物は最後にとっておくというやつだ。楽しみに待とう。彼の首筋に鼻を擦り付ける。幽霊な彼の肌は特別冷たかったりはせず、普通の人間そのものだ。そういう召喚の仕方なんだろう。魔術師さんはどうやったのかな。

「なあ」
「なに?」
「今の話、外で言うなよ。魔術は秘匿が基本だから、オマエが知ってるなんざバレたらまずい」
「マジでか。了解した!」

 びしっと敬礼する。ついでにかっこいい顔を作ってみると噴き出された。かっこいい顔になっていなかったのだろうか。だとしてもそんなに面白い顔をしていたのかな。首を傾げる。彼は笑いながら、

「なあ、オレが秘匿しなきゃならねえことを教えた理由わかるか?」
「え、……うーん?」

 首の傾く角度が大きくなった。彼は楽しげで、ちょっとだけ嫌な予感がする。これ、私が照れるだろうなと思ってる時の目だ。

「オレはよ、名前に相当惚れてんだわ。そんな相手に大事なこと隠し続けんのは性に合わん」
「おおう」

 予感、的中。かあ、と赤くなった顔を、彼の肩口に埋めた。さっきまでそんなことなかったのに、彼の体温が低く感じる。私の頬より全然ぬるい。気持ち良い。気が済むまでぐりぐり顔を押し付ける。それから顔を上げて、彼の目を見る。彼は苦笑いに戻っていた。

「にしたって、やっぱ名前は信じすぎだぜ? 信用されてないよりゃ全然いいが、他の相手にもそうならマズいぞ」
「んー、信じられる人だと思ったら信じるの」
「それでも嘘だったらどうするんだよ」
「素敵な夢を見させてくれてありがとう、かな!」

 皮肉でもなんでもない。突飛な話というのはそれだけで心楽しくさせるものだ。たとえ嘘だとしても、空想として一度広げられた世界はなくならない。それにね、と続ける。

「自分が見たことのあるものだけが世界だなんてつまらないもの。人間なんてちっぽけなんだから、見たことがない知らない世界も面白いこともたくさんあるだろうし、そうだと思ってた方が楽しいよ」
「……」
「どしたの?」
「いや、惚れ直してたわ」
「なんだと!」

 完全に油断していた。真顔で沈黙するなんて初めてだったから、まさかそんな事を言うとは思わなかった。その後のあんなに優しい目も、初めて見た。前兆が無いと心臓に悪い。私の顔は彼の首筋に戻って行った。ただいま、やっぱりぬるいね。

「初心だねえ」
「うっ、うぶぶぶ」
「なんだそりゃ」
「なんとなく」

 はは、笑い声を上げた彼が私の髪を撫でる。調子に乗ってまたうぶぶぶ呻き声を上げると、彼の指が髪をすうっと梳いていく。そのうちだんだん心地良さが照れに勝ってきて、大分落ち着いた。彼の手も魔術がかかっているんだろうか。聞いてみようかな。口に出そうとして、はたと、

「ねえ、私、まだ本当の名前聞いてない!」
「あ、そうだな」

 彼もそこに思い至らなかったらしい。彼の名前。私にとってはとても重要だ。本当の名前を秘密にしていたなら、知っている人間はきっとそうそう居ない。そう考えると誇り高い気分だ。彼の言葉に反応する準備をして待つ。彼が口を開いた。

「クー・フーリンだ」

 クー! あなた、クーっていうのね!

虹のたもとには、君がいるのかもしれないね

title by afaik 140531