03
魔術回路のスイッチを入れるのは、心臓に冷たいナイフを当てられるような感覚だ。人それぞれに違うイメージがあると言うけれど、私のこれはとても直接的で合理的で現実に則していると思う。なにせ、魔術の行使は痛みを伴う。ナイフは、これから身体に痛みを走らせるという合図だ。
けれど、痛むからといって、魔術の発動を躊躇うなど愚の骨頂。たかが身体的苦痛で諦められるわけがない。
「──食らえ!」
佇むドラゴンに指をさす。光弾が弾き出されて、喉元に当たった。地に座した巨体は僅かに揺れる。
しかし、倒れない。
当然だ。たかがガンドで竜を倒せるわけがない。いくら私が優秀で、ただの呪いでしかないはずのガンドを攻撃手段に昇華できるからと言って、人間が幻想種に勝てるものか。私なら、カルデアから支給された戦闘服を着ればスタン以上のことが可能だろうが、それまで。
竜を倒すことが出来るのは、英雄ぐらいだ。
「──っ!」
再びガンドを放つ。ドラゴンの腹に命中したそれは、弾け飛んで霧散する。
私の模擬戦闘用に設定されたドラゴンの虚像は、そこに座り続けるという行動以外をインプットされていないうえ、耐久力を減少させられている。本来のドラゴンなら空を縦横無尽に飛び回るし、反撃だってしてくるのだから、ずいぶんハンデをつけられた状態だ。
こんなことに意味はない。分かっている。
しかし、私は強く在らねばならないのだ。
私は人類最後のマスターのひとりである。
私は世界を救う使命がある。
私は、当主である。
脈々と受け継がれてきた刻印がある。何代も続いた魔術師の大家としての理由がある。
強くなければならないのだ。
ドラゴンを見据えた。
目があった気がした。
模擬戦闘用のドラゴンごときの意思など関係無い。奴が何故こちらを見ていたのかなんて考えても無駄だ。……それでも、妙に居心地が悪かった。
──一瞬、あいつの顔が浮かんだ。
ワイバーンを墜とし、ドラゴンを捩じ伏せてみせた、北欧の大英雄。
ベオウルフは、ただひたすらに強かった。
私なんて、その足元にも及ばないくらいに。
ギリ、と奥歯を噛み締める。私は何を考えているのだろう。無駄は削ぎ落とせ。そんなものは要らない。不必要だ。余分だ。
ルーンを刻んだ小石を数個、ポケットから取り出す。簡単な礼装だ。呪文を一言口の中で唱えて、ワイバーン目掛けて放った。
ドォン、と大きな爆発音。ドラゴンは炎に包まれた。
やがてその炎も消失していく。微かに何かが焼け焦げる匂いはすれど、傷はまったく見当たらない。
──私には、あいつに勝つことができない。
ひゅうひゅうと聞こえる大きな呼吸音が煩わしい。