009
彼にはきっと悪いのだろうけれど、私の家系魔術がそういうものだったのだから仕方ないと許してほしい。
驚いた顔でこちらを振り返るピクシー──問題児クラスのプルソン・ソイ君に言える言葉は、「邪魔してごめんね」しかなかった。
彼は現在進行形で認識阻害の魔術を発動しているようだけれど、私の目は、それを看破してしまう。ぴかぴかのトランペットが夕陽を反射するのが眩しいだけだ。
彼の方も、どうも私には認識疎外が効かないらしい、と気付いたようで、無表情の中に焦りを見せている。あまり社交的なタイプではないのだろう。そうでもなければ、こんな時間に、こんな場所でトランペットなんて吹いていないのかもしれないけれど。
考えながらも、私も内心、焦っていた。まさか屋上に人が居るとは思わなかったから。
「ええと、私は名前。
……知らなかったんだ。誰にも言わない。って、会って間もない奴なんか信用できないかもしれないけれど。本当にごめんね」
しっかりと頭を下げる。屋上のタイルが目に入ってから、大切なことを言うのを忘れていたことに気付いた。
「それと、私は、耳が聴こえなくて……」
プルソン君は、目を見開いた。
そのあと、手を顎に当てて何か考えるそぶりを見せ、やがて私の方へゆるゆると視線を向けた。
彼も、私の正体に気付いたらしい。
隠密活動を生業とするプルソン家にとって、認識阻害を看破する目を家系魔術とする私の家は天敵だ。現在の後継候補である私の聴覚がまともに働いていないのは彼らにとっては僥倖だろうけれど、それでも良く思ってはいないに違いない。私の家には注意するよう、親から十分に言い含められていることだろう。
「ええと、ただ、屋上に、来たかっただけ、なんだ。
だから、その、……じゃま、して、ほんとにごめんね」
言い切って、少し後悔する。謝罪するにしたって、長居しすぎただろうか。彼には気まずい思いをさせているかもしれない。
ふと気付けば、屋上に出てきたばかりの私は当然に屋上の扉の前に立っていて、彼の通り道を塞いでしまっていた。
これはよくない。驚きすぎ、焦りすぎだ。
勢い良く頭を上げる。醜態を重ねる前に、はやく居なくならなくては。
──そのとき、視界の真ん中で、プルソン君がトランペットを構えた。
音は、聴こえなかった。
けれど、何か熱い塊のようなものが朝顔から飛び出して、私の肩にぶつかった。
感情全てを込めたような空気の球は、思い込みだろうか、決していやな感じはしなかった。
「……居ても良いの?」
恐る恐る聞くと、彼は首肯した。
「ありがとう」
すんなり出たお礼に、プルソン君は頭を振る。遠慮や謙遜に見えて、けれど、微妙な罪悪感があるようだった。たぶん、「追い出したみたいで気分が悪いから」とか、そのあたりだろう。
彼のようなタイプの陥りがちな思考回路をトレースして、勝手に自分の中で結論付ける。本当は、目にもっと魔力を注げば、彼の本心も筒抜けと同じになるのだけれど、そこまで不躾なことはしたくなかった。
第一、彼が何を考えていようと、この屋上に居ても良いと言ってくれたことが嬉しかった。それで十分だった。
私がプルソン君とは離れた位置に腰を下ろしたのを見て、彼はまたトランペットのマウスピースに口をつける。
音は聴こえない。けれどその身体のしなりが、音を遠くまで弾き飛ばしていることを示していた。
彼の音は、あの夕空をさえ震わすのだろうか。耳の聴こえない私にまで、その想いを伝えてしまえたみたいに。
自分には一生わかりっこない疑問を抱きながら、赤く染まった空を見上げた。