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ようやく恋仲になった名前と光忠だが、どうも進展が遅いように見える。名前に、どこまでしたんだ、さすがに接吻ぐらいはしたよな、と聞いたところ、まだ! と叫んで逃げられた。その顔は真っ赤で、いや、うん、予想はついていたがあの初心っぷりじゃあ光忠もそうそう先には進めんよなあ。
「俺もさ、主に夜這いされてないのか聞いたら、平安の恋愛観とんでもないな、って言われた」
「主の時代は大分違うようだからなあ。知識としてはあるが感覚は掴めん」
手合わせの休憩のお供はあの2人の話だ。今日の俺の手合わせ相手は獅子王で、奴も興味津々らしい。ずっと見守って来た2人の動向だしな。「鶴丸たちは真っ昼間から青空の下でなに話してんの」と大和守が遠くに離れて行ったが、まあ許せ。
名前と光忠は2人とも公私混同を避けているようで、仕事中は今までとそう変わらない。が、プライベートとなれば、話は違う。この前ちょっと覗かせてもらったところ、光忠が名前を抱き締めてそれはそれは幸せそうに顔を緩ませていた。とろけた目の甘さときたら、元の蜂蜜色と相まって本丸全員分のホットケーキに使う分を賄えるんじゃないかってぐらい。
「燭台切、ずっと我慢してたんだろ? せっかく恋仲になったのにまだ我慢すんのかな」
「本人に不満がなさそうなのがまた、逆に見てるこっちが気になるよな」
頷く獅子王。光忠は光忠で幸せそうなんだが、それこそ獅子王の言う通りもっと欲張ってもいいんじゃないかと思うんだよな。名前だって嫌がりやしないだろうし。途轍もなく照れはするだろうが。
とはいえ、進めるペースなんて2人が決める話だ。それ以外の奴がとやかく言うことではない。
「まあ、2人が幸せならそれで良いと思う」
「ああ。やはり最終的にはそこに尽きる」
獅子王の言葉に今度は俺が頷く番だった。俺たちは今までのように見守り態勢で行かせてもらおう。光忠にはそんなに心配しなくていい、と言われそうだが、可愛い弟分と孫のことが気になるじじいなのである。
視線が気になるなあ、と僕が思ってしまうのも致し方ないことだと思う。ヒトとモノ、主と主従であるのに恋愛なんて、という糾弾では全くなく、すべて僕たちを見守ってくれているものであるのは分かっている。所謂野次馬根性じみたそれもかなり見えるけれど、最初に恋愛沙汰で本丸中を巻き込んだのは僕たちだし、今度は興味を持つなと言うのはむしが良い。でもちょっとは落ち着いてくれたって良いんじゃないだろうか。いや、僕はからかわれたり彼女との仲について問われたりしたって気にしないでやりすごせるけど、名前は違うんだから。照れるだろうし、馬鹿正直だから適当にあしらうことだって出来ないだろう。
「名前、入っても良いかな。そろそろ休憩にしよう」
「ん、……分かった」
いつものように、頃合いを見計らって彼女の部屋に行く。頑張っている自覚がない名前だから、僕が休憩時間を先に決めておくかこうやって直接切り出しにいく必要があった。そうじゃないと延々と仕事をしようとしてしまう。
名前が僕に入室許可を出すときに、ちょっとだけ間が空くようになったのが心楽しい。多分深呼吸でもしているんだろう。部屋に入ってみても、少し緊張した面持ちで僕を迎えてくれる。
なんてったって、休憩時間をプライベートの一部としているから。
つまり今、僕は気兼ねなく名前を愛おしめるわけで。
「おいで」
座って彼女に腕を伸ばせば、名前は一瞬で顔を朱色に染め上げた。視線をおろおろ彷徨わせたあと、意を決したようにこちらへ寄ってくる。膝をぽんぽん叩いて誘導すると、名前は躊躇いがちに僕の膝の上に座った。いいこだね、と褒めて抱き締める。体をびくっと跳ねさせた名前は、僕の腰のあたりの服をぎゅっと握った。
「名前、もっと」
やわらかく名前を呼んで、その先を強請る。恥ずかしさと戸惑いがそうさせるのか、名前の腕は緩慢な動きで僕の背に回った。もっと力も入れていいよ、としっかり抱き締め返してもらったあたりで、ありがとう、なんて頭を撫でてやる。僕の首に彼女の顔が埋められて、肌が熱くなっているのが伝わってきた。随分と速くなった心臓の音も聴こえてくる。ただ、緊張のせいで詰まっている呼吸音はひどく小さくて浅い。
「名前、頑張って息してごらん」
「う、ん」
背を撫で擦る。今度こそ、おぼつかないながらも普段と近い呼吸音が耳に届いた。その微笑ましさに口元が緩む。良い気分のままに、彼女を抱き締める腕に力を入れた。名前の体が強張って、それがまた楽しい。
名前は恥ずかしがり屋でマニュアル人間だ。僕とこういうことがしたいとは思っていても、自分からは動けないし動き方も分からない。なら僕が教えれば良い。ゆっくり、彼女のペースで。そういうことをしたいというのが名前にとって恥ずかしくって不安で言いにくいことなら、僕がこうしたいんだって言って。
そうやって彼女の態勢を整える過程に満たされる僕である。彼女のペースに合わせたい以前に、僕だってもっとじっくり堪能したいとさえ思う。なんでかって、格好悪い話、まっさらな名前を僕の色に染めていくような感覚に陥ってしまうから。
以前まで名前は、本当は恋情であるところを違うものだと自己暗示をかけ、照れてなんかくれなかった。だから今僕を意識しすぎるくらいに意識してくれていることが心をふわふわと春空に浮かばせる。
だけど、僕の恋情は浅ましくもあった。醜く格好の悪い独占欲や支配欲も含めて、僕の恋情だった。こうして名前を染め上げることに、僕の心は歓びの声を上げる。
名前はそんな僕の欲など知らず、欲しいものをくれる、わからないことを教えてくれる、甘やかされている、優しい、だとか思っているんだろう。
「ねえ、名前」
「ど、したの」
「こっち向いて」
ちゅ、とこめかみに口づける。名前が小さく悲鳴を上げた。そのまま恐る恐る僕を見る彼女の頬を撫でる。名前の瞳は熱に潤みながら健気に僕を見つめていた。今彼女の目に映っているのはまともな──彼女愛しさに頬が緩みっぱなしなのは格好悪いの範疇に入れなくても良いはずだ──顔をしている僕だろうけれど、きっとそのうちいくらでも格好悪い姿だって見せるんだろう。それこそ彼女に告白の答えを貰うのと一緒に、突然光忠と呼ばれた時のような。そして、あれよりももっと。
そうなったら、名前はどんな反応をするんだろうか。
彼女をずっと見てきた自分には答えなんか分かっているくせに、確証がないときっぱり言い切れない、いや、名前から答えを知らしめてほしくて、馬鹿げたことを考える。それがまた格好悪い。
昔もこんな風に、格好悪い自分について悩んだなあ。それで結局格好悪くてもって思ったはずなのに、僕はまた同じようなことを考えている。