01
最悪だ。目の前の現実を直視したくない。
とはいえ、原因は私なのだけれど。
「主、ほら。あーんして」
眼前に突きつけられた箸には、くたりとした暗緑色が挟まれている。それを私に食べさせようとする燭台切は、実に惨い。
同じ食卓に並ぶ面々の視線がこちらに集まっている。この居心地の悪さから解放されるには燭台切に応じれば良いことも分かってはいるのだけれど、出来れば避けたい。
「主が好き嫌いをしてちゃ短刀達に示しがつかないし、格好悪いよ」
だから、燭台切は咎めずに見逃してほしいし、私にそれを食べさせようとするのを諦めて欲しいのだ。その、ほうれん草のおひたしを。
──自慢出来ることではないが、私はかなりの偏食家だ。嫌いな食べ物は数多あり、とりわけ野菜類を目の敵にしている。
近侍でありよく料理当番を務める燭台切はそれを憂いつつも、少しぐらいは食べてね、といつも私だけ他の皆の分より量の少ない野菜料理を出してくれた。この時点で相当甘やかされていると思う。しかし野菜を憎む私はそれをも嫌がり、こっそりとにっかりに食べてもらっていたのだ。
──この度、その行いがバレた。朝も昼も上手く行ったのに、夕餉でミスを犯してしまった。それが発端で、私は今力無き緑黄色野菜と見つめ合う羽目になっている。向こうに目があるのかなどは置いておくとして。
無論、悪いのは私だ。燭台切の好意を我儘で踏みにじった私だ。それは分かっている。
偵察値が低いのにどうやって見つけたのかなどと悩んでもいずれバレない嘘はなく、そのいずれが今だったということも分かっている。でも嫌いなものは嫌いなのだ。メンタルが拒否をする。野菜を食べた日に胃が痛くなるのは定番だ。美味しいと思う人が食べれば良いだろうに、と思わずにはいられない。
──ああ、でも、燭台切に悪いことをしたもんなあ。野菜の向こう側にいる彼を見る。片方だけの瞳は、真っ直ぐにこちらを見据えていた。まったく、面倒見の良い人だ。震える顎をなんとか動かして口を開く。口内に箸が差し込まれた。舌の上にひやりとした温度と、久方ぶりに感じる独特の柔らかな感触。これはキツい。粘膜に張り付くがゆえに噛まないと飲み込めないのだということに絶望する。そして噛めば噛むほど染み出した野菜の味が口内の水分に溶け出して、……最低限咀嚼するのみで飲み込んだ。のろく喉を通って行く。
「よく出来ました」
ぽん、と頭の上に重石が乗った。見上げれば微笑む燭台切が私の頭を撫でている。髪の流れに沿うように動かされる手はひどく優しい。よしよし、主は良い子だね、と言う声色もあたたかくて、緩む口許を隠すように俯いた。彼にはよくこうされるけれど、その度無性に嬉しくなる。
ふと小さい頃、家族に褒められた時を思い出した。とはいえ彼を父親の、ましてや母親のようだと感じているわけではない。言うなれば、そう。
「燭台切、兄さんみたい」
言うときょとんとした彼に頷いてみせた。兄さん、という言葉がしっくり来て、自分の中で一種の感動さえ覚えている。言ってみれば確かに、前からずっとそんな感覚で彼に接していたかも知れない。
「──兄さんかあ」
しかし彼は苦笑いして呟いた。傷付くけれど仕方が無い。散々迷惑をかけているし、兄のようだと思われても迷惑なだけだろう。現に今だって、私の勝手で彼を困らせたのだし。
「燭台切、野菜、ごめんね」
「え? うん、いいよ。明日からはちゃんと食べてね」
謝れば表情を微笑に戻して告げられる。内容こそ私への死刑宣告でも、笑って許してくれる燭台切は優しい。彼には不服でも、やはり兄さんみたいだなあと思うのはやめられなかった。
燭台切が私の共犯たるにっかりへ鉾先を移したのを視界の端に捉えながら、巻き添えのにっかりと不当な称号を与えられた燭台切双方にごめんねと心の内で謝罪する。丁度にっかりと目が合って、叱られているのにいつも通りな、むしろ普段以上に楽しげな彼の笑顔に苦笑いした。