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テストの採点がほとんど終わり、オリアスは伸びをする。端的に言って、採点はクッソ疲労がたまるのだ。
ただ、疲れる度に思い出す。
「お疲れ様です」、「良い先生なんだろうなあ」、その他、様々。
名前と電話や魔インをするたびに、名前はぽつりぽつり、感嘆と賞賛の言葉をくれた。それを頭の中で繰り返すだけで、次の仕事に取り掛かる元気が出てくるのだから、我ながら単純だ。準備室でひとり、オリアスは笑う。
最近は名前も会話に慣れてきたらしく、つっかえることが少なくなってきた。オリアスはそこに、少しの惜しさ寂しさと、名前をそのようにしたのは自分なのだという喜びを覚えるのだった。
「……今日も電話しよ」
名前はアルバイトのシフトにもよるが、一般的な就寝時間よりも少し夜更かしをすることが多い。
夜に自分の時間をとるオリアスにとって、名前が夜遅くまで起きているのは非常にありがたかった。いつか一緒に住んだときにも、お互いの生活リズムが合いそうで良かったな、と考えることすらある。気が早いが、仕方無い。悪魔として、欲しいものを手に入れずにいられるわけもないので。
今晩は何を話そうか。以前、ゲームでレベリングばかりし続けているのを聞いたときは驚いた。レベルを上げすぎると歯ごたえがなくなるかもしれない──そういうプレイングを好む者もいるが──と言ったあとから、ストーリーも進めるようになったようだが。あのレベリング具合なら、中盤も駆け抜けていけそうだ。シナリオも面白いゲームなので、是非感想を聞きたい。終盤、主人公が今まで抱えてきたものを吐露するシーンは、オリアスもお気に入りなのだ。
いつか、家で一緒にだらだらゲームをしたい。名前には完全オフの、部屋に引き籠って堕落を極める自分を見せたことはない。けれど、たぶん最初にちょっと目を丸くするぐらいで、軽蔑も失望もなんにもしないだろう。オリアスが好きになったのはそういう悪魔だと、思っている。名前が、自分の言葉や仕草から、教師としての様子を夢想してくれたように。
とはいえ、過度な期待や油断は不和の元だ。早いうちに、そのあたりの答え合わせもしたいな。
伸びをもう一度。椅子の背もたれがギシリと鳴いた。
「……今日のノルマ終了~」
山積みのテスト用紙と教材に縮小呪文をかけ、鞄に入れる。それらを携えて、オリアスは準備室を出た。職員寮で夕食が終われば、生徒の位階昇級などに関する会議もある。他の教師や流れにも左右されるが、できれば首尾よく終えて、名前の声を聞きたい。
職員寮に入る。この時期の職員は多忙な者が多く、夕食は出前が多い。共用のソファに座ったエイトから、「オリアス先生は何ピザがいいですか?」と尋ねられた。少しばかり逡巡して答えると、エイトも了承を示す。
「いやあ、この時期は忙しいですね」
「そうですね。まあ、入学式前後のドタバタに比べればマシです」
「それはそうなんですけど、オリアス先生。『まだ』恋人じゃない人を放っておいて大丈夫なんですか?」
「うげ」
エイトに次いで話しかけてきたイチョウとツムルに、思わぬ声が出る。自室へ向かう途中だからと脱ぎ始めていたジャケットの袖に、抜こうとしていた手が引っかかった。
「確かに。落とす最中で手を緩めることになってますもんね」
「こまめに連絡とってます? 他の悪魔に盗られそうになってないか探ってますか?」
「ゲーセンで引かれてた分は取り返しましたかか?」
「心配はご無用です! ていうか引かれていませんし、もしかしてあれ見てたのあなただったんですか!?」
「穴場のアクドルグッズ店があるんですよ、あの通り」
楽しそうな3人に、オリアスは大きく溜め息を吐いた。自室へ行く前に“占星”を切ったのは横着しすぎたか。
ここは逃げるが吉である。「はやく着替えたいので」と言い残し、その場を走り去った。
「……はぁ~、あの人たちは……。面白がりやがって……」
小声で悪態をつき、帽子をフックに引っ掛ける。仕事着を脱ぎつつ、ポケットにあったス魔ホをベッドの上に放った。
──こまめに連絡なんて、しまくっていますが。
──他の悪魔に盗られる心配なんて、もう無いと思いますが。
問いに対して浮かんだ素直な答えは、言わずに心の中で吐き出す。面白半分の心配とはいえ、心底、無用だった。順調にいけば、終末日の間で名前に勝てる算段である。当然ながら、張本人である自分の方が、自身と名前の関係に詳しいのだから。
この心労は、名前で癒すに限る。
スウェットに着替え、荷物を片付ける。会議に使うものを選り分けてまとめた。
これで夕飯前の準備も終わりだ。ベッドに座り、ス魔ホを手に取る。
見れば、通知のマークが2件ついていた。誰からだろうか。一抹の期待を抱きながら、魔インを開く。
──名前からだ。
珍しい。仕事が終わったと連絡をしない限り、向こうからは遠慮して送ってこないのに。
しかし、嬉しいのは確かだ。教師全員のピザを注文して届くまで、まだいくらか時間はあるだろう。
名前からのメッセージを確認する。
写真が1枚、短い文章が1つ。
『この前いただいた角飾りをつけました。ありがとうございます』
その文章の通りのものが、写真にあった。バストアップで撮影された名前、頭部の角からは星の飾りが下がっていた。勘違いでなければ、表情から緊張が見てとれる。
──……これ見せるために魔インしてきたの!?
「めちゃめちゃかわいい…………」
頭を抱えた。何気ないことかもしれないが、名前の鈍さからして、さすがに写真までは送ってこないと思っていた。無頓着というか、気を回さなそうというか。自分から行動する、少なからず駆け引きをする、に分類される仕草を、意識の有無に関わらず行うとは考えていなかった。
真面目さという意味で、次に会う時着けて来てくれるだろうとは予想していたが、それよりも先に見ることができようとは。はやく直接見たい。『似合ってる! 俺の見立ては間違ってなかったみたいだね!』などと余裕ぶった文面を送れるぶん、まずは文章だけのやりとりで良かったかもしれなかったけれど。写真なら保存もできる。勢いで6枚ほど保存してしまった。
角飾りを褒めるやりとりを続ける。「ピザ来ましたよ」の呼び声が廊下から響いたときには、くそ、と悪態をついてしまった。
『夕飯に呼ばれちゃった。また、いつもぐらいの時間に電話させてね』
『はい。また。いってらっしゃい、オズワールさん』
魔インをそこで打ち切って、オリアスは立ち上がった。最後に、写真をもう一度眺める。
ふと、気付いた。
写真に映る名前は反転しておらず、鏡を使ったようではない。そのうえ、胸元から上の様子を見るに、自分でス魔ホを掲げていない。じゃあ。
──これ、誰が撮ったんだ?