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あ、と声が出たのを、「どうした」と尋ねられて、血の気がサッと引いた。私の方を振り返ったトーマスは、シャツを着ようとしたところで手を止めている。
どうしたものか、一瞬口を閉ざす。けれど、それも本当に一瞬だけだ。トーマスにかけた心配を、なんでもない、で流す度胸も、強さも、私は持ち合わせていないから。だから、絶対に、トーマスの気にかかったことは、言うほか無くなるのだ。
申し訳なさと恥ずかしさが混じり合う、今し方気が付いたもの。躊躇いながら、ゆっくり指をさす。トーマスの背中、肩付近に、赤く細い傷跡が数本あった。
「……ああ、昨日のやつか」
「う…………」
トーマスも察したようで、目を瞬かせたあと、にやにや笑った。意地の悪い笑みだ。その笑い方、好きだけど、どきどきして、恥ずかしくなる。これからいじめっ子をやるんだって、言外に宣言されているってことだから。
ぎしり、ベッドのスプリングが沈む。その音で、シャツだけの身体がぞわぞわした。ベッドに手をついたトーマスが身を乗り出して、私に顔を近づけてくる。もう一方の手が、私の頬をなぞった。
「顔、赤ぇなあ」
「う、う」
「なにを今更恥ずかしがってんだよ。俺に縋ってあんあん言ってたのが不本意だとでも?」
「ち、ちがう! ちがう、けど、その、そのぉっ」
こういう言葉を否定するのばかりは得意だ。たとえからかいのつもりでも、トーマスを拒絶しているみたいなことは、絶対にあり得ない。彼は、にやにや笑いを深めながら、ゆっくり私の方へ体重を乗せてくる。
そのシャツを引っ張った。
「あ、あの、今日、予定」
「……あー、わかってる」
トーマスはほんの少し眉根を寄せた後、肩を竦めた。
WDC──ワールドデュエルカーニバル。来週からこのハートランドで開催される決闘の大会に乗じて、例の「復讐」を遂行するらしい。
トーマス曰く、「予選ではヘボ決闘者にファンサービスしつつ、りょうが(牙を凌ぐ、という漢字を書くらしい)を釣って、Ⅲと決闘させ、ナンバーズ(私もあんまり詳しくないけど、持ち主の闇を増幅させるカードとかなんとか……)を渡す」のだそうだ。
私もあんまり詳しくないけれど、トーマスは、……つまるところ、……釣り針扱いなのではなかろうか。トロン様に重用されていないにしても、あんまりだと思う。……トーマスも、だから、不機嫌になってしまうのでは。
「……、ん」
ぐるぐる考えていると、唇が塞がれた。誤魔化すみたいだ、と思った。誰を、かは、わからなかった。
……トーマスに言うべき言葉が見つからない私にも、好都合だった。ただ、彼の背に手を回して、ぎゅっと抱き締めた。彼からも擁が返ってきたのが嬉しくて、もっと腕に力を入れた。真新しい傷に障らないように、気をつけつつ。
──こうしていると、本当に、昨晩を思い出す。
トーマスの言った通り、彼に「縋って」、抱き着いていたことを。離さないでほしくて、できたらずっと好きでいてほしくて、──どこにも行かないでほしくて。
なんだかずっと、欠けているような心地のする部分を、トーマスで埋めてほしくてたまらなかった。だから、求めて、縋って、ぐちゃぐちゃにかき回してほしかった。
トーマスは、どうだろうか。
私と身体を重ねる行為に、彼は、何かを求めてくれているだろうか。
私が、彼を求めることは、どうしようもないほどの執着を向けることは、彼の負担になっていないだろうか。
こういうことを、よく、心配に思う。
でも、自惚れを混じえて言うのであれば、彼は、私の浅ましい欲望を、いつも、嬉しそうに笑ってくれているのだった。
私が付ける傷を、傷だというのに、受け入れて。