06
トーマスの、大会以外でのデュエル。
その映像を見る日は、存外早くにやってきた。
「──どうだ? これが俺の『ファンサービス』ってやつだ」
「…………」
唖然、とした。
トーマスが嬉々として持ってきた録画データは、まだ最後まで辿り着いていない。画面に、トーマスのデュエルが映り続けている。せっかくだからと部屋の電気を消されたので、映画のようでもあった。
内容は、こうだ。
「Ⅳさんのファンです」と言うデュエリストに、トーマスが余所行きの笑顔で応対する。
そしてデュエルが始まると、トーマスはあっという間に追い詰められる。相手デュエリストが勝機を見出して顔を輝かせたとき、トーマスは本領を発揮する。
瞬時に劣勢をひっくり返し、場の主導権を握る。
繰り出される強大なモンスター、よく練られたタクティクス。
相手に反撃する暇も与えず、勝利する。
あまりにも無慈悲で、あまりにも圧倒的。
──こんなデュエル、見たことがない。
「……おい、なんとか言えよ」
「え、あ……、うん、えっと、その……」
「名前」
鋭い声が聞こえた。強く肩を押され、腰掛けていたベッドに背中から倒れこむ。衝撃で息が詰まった。ベッドが柔らかくて助かった、おかげでそこまで痛くなかった。
私の頭を挟むように、トーマスの手が突かれる。見上げれば、光を背にしたトーマスの真っ黒な顔。一瞬身が強張ってしまったけれど、相手はトーマスだから、すぐに力が抜ける。
「……言えよ。
お前も思わないか。美しいと。
人間が希望から絶望に堕ちる様は美しいと。
なあ、名前。
言えよ。
言え!」
逆光でトーマスの顔はよく見えない。次々に降ってくる語気の強い言葉は、私に同意を求めていた。
……普段なら、こんな強い声を聞けば、条件反射的に恐くなってしまうはずだった。
でも、どうしてだろう。あまり恐くない。トーマスの纏う雰囲気のせいだろうか。
なんだか、切実な、私よりも不安定であるような、そんな雰囲気。
どうしよう、かなあ。私は、トーマスには正直でいたい。なのに、だけど、という逆接の接続詞が頭の中に浮かんでいる。
私が、正直な感想を言うとしたら。
とても、言いにくいものになる。
その言いにくいことを、偽り無く、うまく伝えないといけない。
ああ、私、アドリブって苦手なんだけどな。
心の中で独り言ちて、口を開く。
「私、は。絶望とか、違う意味で。
トーマスのデュエルばっかり、見てた。
──トーマスの方が、『美しく』見えた、から」
「……俺の方が?」
困惑と怒りの滲んだ、揺れる声。
なんて無防備なんだろう。
やっぱり、今のトーマスは、私より不安定なのかもしれない。
そう思うと、なんだか、自分がしっかりしていないと、という使命感みたいなものが湧いてくる。不思議だ。普段は、トーマスがこういう気持ちになっているのだろうか。もしそうなのだとしたら、彼の負担になっていないことを願う。
考えながら、私は彼に続きを言う。
「……たとえばさ、その、多くの人は、大自然を見て、『美しい』って言うでしょ。大断裂とか、大峡谷とか……、圧倒されるような、ものを」
「…………」
「私は、それと同じように──『大災害』を『美しい』と思う」
この世界に在るものは、本来はニュートラルなモノだ。それらの善悪は、人間が決めているにすぎない。だったら、人間に害をなさないモノも、人間を踏みにじるモノも、同じじゃないか。
人間より圧倒的で、自分なんかじゃ到底敵わないと思うような、強大なモノも。
それをこそ、私は──そこへ身を投じ、自分という矮小な存在を、ほんの1ミクロンでいいから、その一部にして、飲み込んでほしくなるほど、────。
「……だから、私は、トーマスの『ファンサービス』を、美しいと──」
「──名前」
長ったらしい説明も含めて彼に伝えれば、何かを堪えるような声で、名前を呼ばれた。
トーマスの語ったことも世間では忌避され難い価値観だけれど、私のだってそうだ。トーマスも私の感覚を異端だと思ったかもしれない。応じる声は、「う、うん」とどもったものになった。
トーマスは言う。
「──お前が言う、その──俺の一部、ってやつになる気は、あるか」
「…………え」
それって、どういう意味?
尋ねる前に、唇を塞がれた。──唇、を? 目の前、すぐのところに、トーマスの顔、唇に、は────。
「……部屋は暗いし、ここはベッドの上だし、俺はお前の上。他の奴らには、『ファンサービス』の上映中は部屋に入るなって言ってある。
こんなおあつらえ向きの状況は無いよなぁ」
「……、あ」
唇を離したトーマスに状況を述べられて、私も合点がいく。いってしまう。彼の言っていることを解せないほど、私は鈍くない。
……でも、そこに羞恥はあっても、危機感や恐怖は無かった。
むしろ、それよりも。
トーマスの調子がいつも通りに戻っていることに、安心した。
「逃げるなら今のうちにしとけ。Vのところに行くっていうなら許さねえが、Ⅲのところなら、見逃す。
……今日のことも、全部無かったことにしてやる」
……トーマスの雰囲気は、いつも通りだ。だけど、声が静かなのは、緊張しているのだろうか。それとも、……。
自分の咽喉がごくりと動く。きっと、私が逃げようとしたら、トーマスは本当に逃がしてくれる。でも、私がこのままでいたなら。
──考えるまでもない。
私は、頭の横にあるトーマスの腕をやわく握った。
「……そうか」
ぽつり、呟かれる。触れ合っている方の手と腕が、少しだけ震えている。この震えを生み出しているのは、私なのか、トーマスなのか、それとも。
トーマスが、ベッドの上に乗り上がる。スプリングが弾む。お腹の上に、トーマスの体温を感じる。
触れ合っていない方の彼の手が、持ち上がった。
「そ、そのまえに、い、いわせて」
それがぴたっと止まる。胸を撫で下ろす。
顔もよく見えないのに、なんだか不本意そうな表情をしている様が思い浮かんで、少し笑ってしまった。私はもう一度、トーマスの腕をぎゅっと握る。私からは見えないけれど、トーマスからは私の顔が見えているだろうから、トーマスの方を真っ直ぐ見上げる。
大きく息を吸って、吐く。待たせたらいけないとは思う。だけど、子どもの頃と違って、今のトーマスは、話すのが遅い私の言葉をじっと待っていてくれる。だから、逆に、焦らず伝えることができる。
──ねえ、聞くだけで良いんだ。でも、どうか、聞いてほしい。
「私、は、あの、……。
────、すき、だよ。ずっと。
『トーマス』も、『Ⅳ』も、ずっと、す」
さっきよりも乱暴に、言葉を奪われた。