02

 バイロン様が行方不明になって、トーマスとミハエル、そして私は施設へ入れられることになった。クリスはバイロン様の働いていたところにお世話になるらしい。
 ……どうして、こんなことになってしまったのだろう。

「金持ちのくせに親が居なくなったとか、調子に乗ってたからそうなるんだよ」
「お前、別に金持ちなんじゃなくて『使用人』なんだろ? あいつらの世話してたんなら、俺たちのもしてくれねえ? 俺の今日の分担、便所掃除なんだよ」
「え、あう、わ、私、私は……」

 もともとは恵まれない子供たちのための場所だ。そこへ現れた「金持ちの息子」と「その使用人(の娘)」だなんて、目の敵にされるのも当然だった。特に私は攻撃しやすいらしくて、よく他の子たちに囲まれた。
 ミハエルも女の子と間違えられるくらいに可愛い顔をしているから、最初の頃はミハエルも私と同じくらい苛められていたけれど、彼は私と違ってしっかり反抗した。それに怯んだ人たちはもうミハエルにはつっかかっていない。
 逆に、気が強いトーマスは、生意気だとケンカを売られては買っていて、生傷が絶えない。
 しかも彼は、

「おい、何してんだお前ら!」
「また来やがった、良い子ぶりやがって!」
「ヒーローのつもりかよ!」

 こうやって、私が苛められているとき、必ず助けに来てくれる。
 私どころかトーマスより身体の大きい相手にも怯まない彼は、人数差さえ気にせずに睨み合いを始めた。それはすぐデュエルで決着をつける流れになる。
 トーマスはデュエルが強い。それでも、一対一、一対複数の連戦は、トーマスの身体に負担をかけていく。
 施設の大人が面倒臭そうな顔で止めにくるまで、デュエルは続いた。
 私を囲んでいたうちの1人が、去り際に叫ぶ。「あの2人と仲良いからって調子に乗んなよ、本当は俺たちと同じくせに! お前とあいつらは違うんだ!」

「とー、ます、ごめんね、ごめんね……」
「いいんだよ。謝んな」
「で、でも、トーマス、いつも私のせいで……」
「っ名前のせいじゃねーよ! 俺がやりたくてやってんだ!」

 大声にびっくりして、肩を縮こまらせる。トーマスが焦って「悪い」と言い、私も謝ろうとしたけれど、うまく声が出なかった。
 ミハエルと一緒にしていた傷の手当ても中断してしまって、いけない、と思うのに、私のせいでできた傷を、私が下手な手当てでさらに悪化させたらどうしよう、とか、不安が湧き出てくる。
 息が、苦しい。

「名前、名前! 大丈夫か!?」
「大声を出さないでください、トーマス兄様。
 大丈夫? 名前」
「あ、う、ご、ごめ、う」

 喉が正しく空気を通してくれない。包帯を手放して身体を折った。服の襟元をぎゅうっと掴む。
 冷静になれない自分であることが申し訳ない。トーマスとミハエルが心配してくれているのに、心配させてしまっているのに、正常になれない。悲しみと罪悪感が胸の奥でぐるぐる渦巻いている。それが呼吸の邪魔をして、もっと息の仕方がわからなくなる。どうしたらフツウの呼吸ができるんだっけ。頭の中にいっぱいの靄がかかって固まって、何かを考えるのもままならない。
 身体をそっと引き寄せられる。手を握られる。トーマスの手。

「名前、大丈夫、大丈夫だから」
「う、」
「俺もお前も大丈夫だ、ミハエルだって。兄貴も、と、父さんもッ、きっとすぐ迎えに来てくれる」

 ミハエルに怒られたからか、声を潜めるようにして、「大丈夫だ」を繰り返される。
 常々思う。「大丈夫だ」という言葉は不思議だ。何が「大丈夫」なのかもわからないのに、どうしてか安心してしまう。安心しても良いんだと思ってしまう。
 ミハエルが私の背中をさすってくれる。うまくいかない息が、うまくいかないながらもだんだん落ち着いてくる。
 トーマスの手も、ミハエルの手も、優しくてあたたかい。いっそ酷いくらいに。私なんかより、トーマスの手当てをする方がよほど先だろうに。

「ありがと、あり、がとう……」
「いいんですよ、僕たちは家族じゃないですか。名前とは血が繋がっているわけではないですけど、家族です。ねえ、兄様」
「ああ。
 ……もっと早くに助けに行ってやりたかったんだけどな。
 さっき言われたことも、気にすんじゃねえぞ」

 呼吸がちゃんとできるようになって、お礼を言う。ミハエルもトーマスも怒らなかった。
 2人は、優しすぎる。
 私がさっき言われた、「あいつらとお前は違う」という言葉は本当だ。
 自分は、たぶん、本当なら、ずっと昔にこの施設の子供になっていたはずなのだから。
 私のお父さんは、アークライト家の使用人だった。でも、私の記憶に無いぐらい昔に死んでしまった。私の家は父子家庭で、頼れる親戚も居なかった。遺された赤ん坊の私のことを、バイロン様はご厚意で屋敷に留まらせてくださった。
 だから、私自身はバイロン様を本当のお父様のように思っているし、クリスのことはお兄ちゃんみたい、ミハエルのことは弟みたいだと思っている。トーマスは、……トーマスのこと、は、すき。すき。
 でも、血が繋がっていないのも真実だ。私は、運良く裕福な暮らしをさせてもらっていただけだ。
 じゃあ、もしも、そうじゃなかったら。
 お父さんがバイロン様のような優しい方の元で働いていたのではなく、私が施設で育つことになっていたら。
 私は、トーマスたちを傷付ける側に回っていたかもしれない。
 だって私は、トーマスたちみたいに優しくない。
 だから、もう、私は、ぜんぶが恐くて、恐くて、

「名前」
「え、あ、う、な、なに?」
「お前は俺と一緒に居るんだからな」

 トーマスが、私の手を強く握る。
 私は泣きそうになりながら、うん、と答えた。
 ──お願いだから、私が弱くてどうしようもない奴なのはわかっているから。
 だから、どうか、この人と一緒に居させてください。
 かみさまなんているのかわからないけれど、私は祈ること以外、何もできない。

赤い糸だけが頼り

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