01
「……目覚めたか」
重たい声が、耳の表面を撫でた。回りの悪い頭に、どうやら眠っていたらしいと気付く。はていつ寝たのだったか、と思って、──何も覚えていないことを知る。
「…………ここ、は」
「……」
ここはどこで、私はだれ。さっき声をかけてきたのはきっと男だけど、その人もだれ?
ゆっくり目を開けると、思っていたよりも静かな光が視界に広がった。機械だらけの天井。幾何学的なラインが走る。声のした方向はどちらだったか。記憶を辿って首を横に向ける。
黒い男。
「……だれ?」
「…………。
……刃」
じん。短い音を、頭の中で転がす。よくよく見れば、黒いというのは些かの錯覚のもとにあって、彼を彩る色彩は、灰茶や紫、ひときわ目を引く朱なども存在した。ではなぜ黒いと思ったのかといえば、おそらく、彼の纏う雰囲気だろう。抜き身の刀のようにピリついているようで、錆びた鉄にも似ているというか。
「……ここは、どこ?」
「…………」
尋ねると、じん──さんは、縦に長い、四角形の物体を取り出した。手のひらに収まるぐらいのそれを親指で叩く。じんさんの視線が、狭い間隔で横にスライドする。
口を開いた刃さんは、何かを読み上げ始めた。私も寝かされていた──おそらく寝台──から身を起こして、聞く。
曰く。
「……じんさんたちは『せいかくハンター』で、『えりお』さんのよげんに従っていて、私はえりおさんにとっての『へんすう』で、よげんを不安定にするから、他の組織に利用される前に、確保した」
「……そうだ」
「…………専門用語がいっぱいで、ちょっと……」
「わからずとも良い。お前はお前がしろと言われたことをすれば良い」
「お前はお前にしろと言われたこと……」
言葉を反芻する。言われたことを思い出す。それ以外はほとんど入っていない記憶の倉庫から、じんさんの指す概念を見つけるのは、容易だった。
「『できるだけ、じんの傍に居るように』?」
「……ああ」
頷くじんさんはなんとなく不服そうだった。そりゃあそうかもしれない。じんさんは寡黙で、人付き合いの良いタイプに見えない。そんな人が、私を傍に置くとしたら、たぶん、居心地が悪いことだろう。だけど、「刃の傍に置くとよげんが安定する」とえりおさんが言うからには、そうする他ないのだろう。多分、「せいかくハンター」とはそういう組織だ。えりおさんがリーダーだとは聞いていない、あるいは聞かされていないけれど、能力的にそういう構図になる。
「……あの、もう一つ質問が」
「なんだ」
「私の名前、じんさんはご存じですか?」
聞くと、眉根を寄せられる。えりおは、とその口が動く。
「名を、お前に聞けと」
その言葉に、ぱちん、と何かのピースが嵌った気がした。
そうだ。馴染みのある音が、頭の中を駆け巡る。最初から、生まれたときから隣にあった親しみが、私の存在に追いついた。
「名前」
声にした己の名は、記憶の中では初めて発した音のはずなのに、ぴったりと自分に備わっていた。
「……そうか」
「はい。
……えっと、これから、よろしくお願いします。じんさん」
お辞儀をすると、彼はゆっくりと瞬いた。
「──っていうこともあったなあ」
目が覚めたときのことを思い出しながら、刃さんと出会った小型宇宙船の寝台でごろごろと横たわる。彼が星核ハンターの任務で出かけている間、私はとっても暇だ。私が、他の組織に「有用性」、特に、指名手配犯である星核ハンターへの対抗策として見出されてしまうのは避けたいからと、私は行動を制限されている。誰かに見つかる前に、そもそもはじめから外に出ない、というわけだ。刃さんが一緒に居れば逃走の難易度が下がるし、最初の指令たる「できるだけ刃さんの傍に居る」も叶うのだけれど。戦闘能力の無い私は、任務などの危ないことには着いて行けない。
指名手配犯である星核ハンターから逃げた方が良いのでは、という疑問は、彼らがお尋ね者だと知ったときに、既に沸いている。けれど、これもエリオさん、それからカフカさんの言うところには、「特異性のある名前は、実験材料にふさわしい」らしい。要するに、星核ハンターと居た方が安全だ、ということだ。これが嘘かもしれない、とも思った。
だって、私は、私に不思議な力があるとは感じていない。超能力とか、優れた身体能力とか、自分が持っているとは考えられない。カフカさんは私を好んで「変数」と呼ぶけれど、それだけだ。何が私を「変数」にしているのか、私は知らない。
──私は無力だ。
そればかりを考える。
例えば、今みたいに。
「おかえりなさい刃さん、……服の裾、破れてます」
「……取るに足らない交戦があっただけだ。もう治っている」
「…………そうですか」
知っている人が、怪我をして帰ってくるときとかに。