160314
「思うことがあるわけです、クー・フーリンさん」
「なんですか、名字名前さん」
バイトから帰って来て早々、先に帰って来ていたクーに前々からの疑問を切り出してみた。無意味に畏まった口調、加えて正座までしているのは、ただのノリ半分、本気の疑問だからというのが半分。
一緒になって口調を固くしつつも胡座をかいているクーに、真剣に聞いた。
「いつもベッドに放り投げられて終わるのはどういうことなんでしょう」
「……いや、だってアレはどう考えたって食うだろ……」
「何言ってるんだ当たり前だろみたいな顔してますね!?」
思わず悲鳴じみた声になった。しかも、おう、とクーが頷くので、転げ回りたい気持ちになる。つ、強い……強すぎる……。しかしここでへこたれる私ではない。目指すは勝利。何の戦いかって、自分でもよく分かってないけど……。
と、とにかく、ええと、そう、クーにぎゃふんと言わせたいのである!
次なる攻撃を仕掛けようと身構えて、
「オレもな、オマエが本気で嫌ならやめるが。名前も名前で結構愉しそ」
「きーこーえーなーいー!」
その前に防御、大事。
クーはくつくつ笑っているから全く堪えていないのが丸わかりだけど、ここはなんとしても防ぎきってカウンターパンチをきめてやらなければ。
わざとらしく肩を竦めたクーは、やれやれ、といった風に言う。
「ま、今日はオマエもバイトで疲れてるだろうし勘弁してやる」
「やっさしーい!」
万歳。仕方ねえな、という素振りなのがちょっと悔しいけれど、私の体力の残量を心得てくれているのは有難い。
……この人、私のことをよく見てくれてるんだなあ。
胸の奥がほっこりして、頬が緩む。そんな私のだらしない顔を、クーがじいっと見つめてきた。不思議に思って見つめ返す。
彼は首を傾げた。
「つーか、今日がホワイトデーだって忘れてねえか」
「ハッ!」
完全に忘れていた。今日の朝ふと降って湧いた悔しさでいっぱいになったまま……。
カーテンの向こうをごそごそしだすクーの後ろ姿へ抱きつきたい気持ちを抑えつつ、大人しく彼の行動を待つ。そう経たないうちに花束が現れたので、私が根負けすることは無かった。やったね。
「ほい。これと、これ」
「おう? あ、わーい! チョコだ! お高いやつだ!」
「食いたそうにしてたろ」
なんと一緒にチョコレートまで出てきた。しかもクーがバレンタインに貰っていたのと同じお店の、あの高級なやつである。なんでもかんでも特段高級品が好きなわけじゃないけれど、美味しいものは良いものだ。クーがわざわざ買ってきてくれたのもそういうことなんだろうな。
つい食欲に負けたけど、受け取った花束に視線を移す。白い花びらの可愛い花──ガーベラに似ているから同じキク科なんだろうか──を数本まとめた小さな可愛い花束で、見たことのあるラッピングがされている。クーのバイト先の花屋さんのそれだったはず。そう思っていれば、彼の口から花屋でのバイト仲間である男の子の名前が出てきた。この花束は彼から、らしい。確かにいわゆる友チョコってやつをプレゼントしたし、そのお返しかあ。嬉しい。ノースなんちゃらって花だってよ、と曖昧な伝言も受け取った。
「で、オレからもうひとつ」
「なん、んっ」
顔を上げる。一瞬唇が触れ合った。本当に刹那の出来事で、びっくりしている間にもクーの顔は離れていく。
……不意打ちは卑怯だ……。手で顔を覆って、息を吐いた。けらけら笑う声が聞こえてくる。
「いつもありがとさん。ま、これからもよろしくってことで」
「……うん、私こそいつもありがとう。まだまだ沢山、クーのこと楽しくするから」
「はは、期待してるぜ」
笑顔でそんなこと言うのは、もっとずるいなあ。
また溜め息を吐きたい気持ちになりながら、でもそれを飲み込んで、つられるみたいにして笑った。
「期待しててよ」
いつも思っていること、言葉にせずとも相手は分かってくれているであろうことをあえて口に出して伝えるのは、どこか儀式めいた行為だ。だけどきっとそういうのって、ものすごーく大事なんじゃないかな。クーのにんまりした満足げな顔が、その考えを裏付けてくれている気がした。
「さーて、飯作るんなら手伝うぜ」
「今日は盛大に焼き上げるのも煮込むのもないので座っててください」
「……猪でも狩ってくれば良かったか」
「それはちょっと困るかな!」
食材集めのため大西洋の深海にまで進出したらしい人だ、わりとシャレにならない。というか、真顔で言っているあたり本当に本気らしい。どこで狩ってくるにしたって警察の御用になりそうだから、全力で止めさせていただいた。クーに穏便に着席してもらって、キッチンへ向かう。
……あっ、今日は平和に終わった! クーが見逃してくれた通りだ! ……って、もしかして、これはただの不戦勝……?
頭を抱える結果になってしまったのだと、今更思い当たる。クーが今日はしないって言ってくれた時に、これは違うんじゃないかと気付けば良かった……。
落胆していると、くい、と服の裾を引かれた。見下ろした先に、胡座をかいたクーが居る。
彼は、言っておくがな、と。
「オレだって、オマエのこと、いくらだって楽しくしてやるさ」
少年みたいな無邪気さで、そう言った。
分かってる、分かってるよ。清廉で面倒見の良い貴方が、私のことを想ってくれていることなんて。彼なりに大切に丁重に扱って、愛を注いで、この非現実的な日常を共に歩もうとしてくれていることなんて。
分かっているけれど、言ってもらえるのは、嬉しいなあ。
──だから、うん。勝負とか、ひとまず一旦置いておきましょう! べ、別に不戦勝を認めたくないわけではないから悪しからず!