150927
名前は真剣な顔でクーを見つめていた。対するクーはなんともなさそうな表情で、名前の様子を見守っている。
名前は深呼吸をした。左手を大きく振りかぶる。
「はち!」
胸の前にかざした右手の手の平に3本立てた指をべしりとぶつける。
流れるような動きで一度左手を離した。
「きゅう!」
今度は4本指で手の平を叩く。
彼女の表情が得意満面の笑顔へ変わった。
「ということで、今日はハグの日です!」
「へいへい、わかったからこっち来い」
「いえーい!」
面倒そうな口ぶりの中の愛おしさを隠さずに、クーは両腕を広げる。名前も嬉しそうに飛び込んだ。それを抱き留めると、ぐっと体を持ち上げる。名前の足が宙に浮いた。
抱きかかえているため密着した体に、じわじわと熱が広がる。8月、夏真っ盛り。太陽は空の天辺に昇っている。扇風機だけをつけている一室では些か蒸し暑すぎた。
足で扇風機を引き寄せながら、クーはベッドに背中から倒れこむ。ベッドの上、もといクーの上に倒れこんだ名前は彼の胸板に顔をぶつけ、しかし楽しそうにけらけら笑った。
「お、鼻は無事か?」
「無事です!」
「そうか」
ぶつけた鼻を撫でられたあと、名前はクーに抱きつきなおす。クーも名前の腰に腕を回して、短く息を吐いた。
窓越しに蝉たちの鳴き声が聞こえてくる。扇風機がカタカタ鳴っていた。
触れ合うところがじりじり熱い。汗をかいていくのがわかる。それでも名前に離れる気はなかった。
名前が気まぐれに身を起こし、クーの顔を見下ろす。
「……いつもと逆だから新鮮だ」
「たまには上が良いってんなら、今日ぐらいはいいが」
「うん? ……、違う! そうじゃない!」
名前の額とクーの胸板がぶつかった。けれどもクーは突然の頭突きに動揺することなく、それどころかにやっと笑って「何が違うんだ」
とうとう名前はううああ呻き声をあげた。完全に自分の失態だったのでどうすることもできない。クーのとった意味だけではなく普段の身長差についても考えていたのだが、半分は図星であることに変わりなかった。
クーはくつくつ喉で笑って、名前の髪を梳く。面白い奴、と呟いた声が耳に届いて、名前はまた頭突きをした。その顔は赤い。
「あ、ああ、うう、あつい」
「エアコン点けるか」
「う、うー、点けようか」
暑さに頬の熱が加わって、名前の頭はやられていた。クーの提案に返す言葉は殆ど鸚鵡返しになる。
それでも離れない。
クーの胸板に頬を擦り寄せながら、ぼうっとした目で彼の温もりを掬い上げた。
ピ、と軽い電子音がして、エアコンがごうごう唸りだす。代わりに扇風機は動きを止めさせられた。冷えた風が部屋の中へ吹き込んでいく。
「……今日の夜は素麺にしよう」
「麺茹でるのはオレがやるわ、暑いだろ」
「おお、ありがとう。……ふふふ」
ありがたい申し出を素直に受け取る。思わず笑い声が溢れたのは、麺を茹でる彼を想像してみたところ素麺ではなくラーメンを茹でている姿が浮かんでしまったからだった。白いタオルを頭に巻いてエプロン姿。絶対似合う、と思って楽しくなる。
楽しい気持ちのままに、額を彼の胸にぐりぐり押し付けた。じゃれるような仕草にその頭を撫でてやる。
くっついている腹は汗でじっとり濡れていた。
名前は先程のように身体を起こして、腕をベッドに突っ張ると少しだけ上の方へ体をずらす。そして首筋に顔を埋めようとして、
「オレの首を獲ろうってか」
「ひぇっ」
耳に噛み付かれて勢い良く身を引いた。慌てて元の位置に戻ってクーを見上げれば、片方の口端を吊り上げている。
そんな物騒な真似するつもりはないですぅ、と反論すると、今度こそ笑い声が上がった。知ってる、と返して、クーは名前の背をぽんぽん叩く。むすくれつつも、名前は頭を落ち着けた。
ふぅ、と息を吐く。今動いたせいか、彼のせいか、体温が上がっていた。暑い。
それでも彼の引き締まった体躯に身を寄せていた。
「名前。ちと暑いぞ、オマエ」
「誰かさんのせいなので仕返しです」
「オレだって暑くとも離す気はねえんだがな」
「む」