140621

 6月21日、0:00。
 枕元で、デジタル時計の表示が変わった。隣を伺えばクーが横たわっている。タオルケットだけお腹に乗せて、枕に頭を乗せて、まだ眠っていない。同じく寝転んでいる自分の身体をごろんと回転させる。2人で寝るには小さなベッドが軋む音を聞き流して、彼に抱きついた。

「誕生日おめでとう」
「ああ、ありがとさん」

 彼は予想していたようで、すぐぱっと笑って抱き締め返してくれた。まずはと一度キスすると、これもお返しが返ってくる。抱き締める腕に力を込めた。彼の笑顔が少年のようできゅんとする。器が大きくて、面倒見が良いお兄さんみたいで、色気があって、なのに笑った顔は幼いなんてとってもずるい。

「大好き」
「オレだって愛してるさ」
「……へへ」

 照れちゃうなあ。口元が緩みきってしまう。彼の誕生日を誰よりも先に祝うことができて、こうやって側で彼が笑ってくれて、これを幸せと言わずになんと言えようか。思わず笑みをこぼすとは、きっと今の私のようなことを言うのだ。彼と居るときの私は、気付くと笑っている。いつか表情筋が筋肉痛になってしまうのではなかろうか。

「今日はどこぞに出掛けるか」
「あ、私が誘おうと思ったのに。いいよ、どこ行くの?」
「オマエも出掛ける気だったんなら、行き先決めてたんじゃねえのか?」
「ううん、もともとクーの好きなところに行きたかったんだ」

 普通ならデートコースなんかも決めるのが本当の誕生日のサプライズなのかもしれないけれど、雲のように自由な彼だから、その意見を尊重したかった。じゃあ好きに連れまわすぜ、と言う彼の言葉がそのままの意味だとよく知っている。
 彼もまた、私はクーと一緒に居られるのなら何でも楽しいのだと知ってくれているから、私を変に気遣った選択はしない。
 まあ彼の性格上、もともと過度な気遣いで自分のしたいことを押し込めるなんてしないだろうけれど。うーん、そんなところも大好きなんだ。どうすっかな、と呟いていた彼の頬を撫でたり柔くつまんだりを繰り返しながら言葉を待つと、

「あれだ、遊園地。現代での逢引じゃあ定番なんだろ」
「定番も定番、超王道だね」
「ならそこに行こうぜ。お化け屋敷ってのが気になる」
「えっ」

 思いも掛けない返答が来た。お化け屋敷の存在を何処で知ったというのか。にやにやと笑っているということは、恐らくそういうことだ。私を怖がらせて楽しむつもりだ。テレビの心霊映像特集に怯える私を宥めてくれたことはあったのに、今度は逆にそんな場所へ私を放り込むだなんて。返答に窮する私に、彼はくつくつ喉を鳴らす。

「オレの好きでいいんだろ?」
「う、うん。いいけど、……なんで、お化け屋敷?」
「これも定番だって聞いたぜ。怖がるカノジョがくっついてくるって」
「……」

 どうやら今回のデートのテーマは「定番」らしい。ぎこちない表情になっているだろう私の頬を、彼の手が滑る。完全に楽しまれている。そんなに幽霊が怖いかよ、と彼の顔に書いてあるのだ。怖いものは怖い。作り物だって怖いし、作り物の中に本物が混ざっていたらどうするというのだ。彼が首を傾げる。

「大体オレだってオマエにとっちゃ幽霊の類だろ」
「だ、だってクーはクーだから!」
「なんだそりゃ」

 彼はきょとんとする。ほら、そんなに可愛いのに怖がれるものか。それに加えて格好良くて強くて真っ直ぐで、ええとそれから、とにかく沢山の形容詞で賛辞できる相手で、何より大好きな人だ。怖くなんてない。でも幽霊は違う。オカルトの類が好きで、人ならざるものの存在を信じているからこそ、そういうものに畏れを抱くのだ。古代の人々だってそうだっただろう。拳を作ってそういう旨を返せば、

「随分と熱く語るな、特に前半」
「大好きだからね!」
「はいはい、さんざん聞いたぜ」

 手をひらひらさせなから軽く流しているようでいて、ご満悦な様子。額にキスが降って来たのが何よりの証拠だ。ちなみに可愛いはスルーしたらしい、言った瞬間は一瞬不本意そうにしていた。──とはいえ、お化け屋敷か。私、相当な悲鳴を上げてしまうだろう。きゃあなんて可愛い悲鳴を上げて恋人の腕に抱きつくなんて出来るのか。唸ってみれば、彼が笑う。

「オレが強いって言ったな」
「うん」
「じゃあ強いオレと一緒なら、どんな怖いモンが来ても守ってもらえるんじゃねえの」
「あっ!」

 目から鱗。私はなぜそこに辿り着かなかったのか。大分気が楽になったように思う。得意げな顔をしている彼は天才だろうか。
 守ってもらわなきゃいけないような状況というのは彼の誕生日のイベントとしてはどうかと思うけれど、彼はどうせなら強い奴がいいねえだなんて言っている。
 前々から思っていたけど、彼って好戦的なタイプなんだなあ。強い相手と激しく戦うことが、その結果勝利を収めることが好きなんだろう。私ともこの前の夜、──いや、あれは思い出しちゃいけない。もう手遅れだけれど。別なことを考えよう。

「えっと、あのさ、怖がらせたかったのに、怖くなくなるようなこと言って良かったの?」
「言ったところで今は安心しても、名前がビビりなのはそんな簡単に変わるもんじゃないだろ」
「うっ」

 彼の言葉がぐさりと刺さる。どうせビビりですよ、わざとらしく唇を尖らせてそうぼやくと笑い声がした。……クーが楽しいならもうそれでいいや。
 結局そんな結論に至って、彼の胸にぐりぐり顔を押し付けた。子供をあやすように頭を撫でられて、尚更彼が楽しければ、と思った。私はどうにもこれに弱い。

「やっぱオマエ、オレを相当信頼してるよな」
「そりゃあね」

 クーだからね。お決まりになりつつある返答をする。自信ありげな表情を見せてみれば、彼はふっと口元を綻ばせた。あ、え、なに、その顔、見たことない。彼があんまりにも優しい目をしている。こつんと額を合わせられれば緩んだ赤色がすぐそこに迫って、

「嬉しいぜ」

 世界が甘く染まっていく錯覚。柔らかな声色に、目の前がゆらりと揺らぐ。喉の奥で何かが堰き止められる。強く強く、抱き締められる。

「名前のそういうとこがな、オレにベタ惚れだってよく分かって良い。最高の誕生日プレゼントってか」

 言葉が、胸の深いところへダイレクトに伝わっていく。上から降ってくるその声も、ゆっくりと私の髪を撫でるその手のひらも、まるで愛しいのだと言っているみたいだ。──私のクーへの信頼こそが彼を愛している証になるのだとしたら、クーが私を大切に思ってくれている気持ちの一番の象徴は、きっとこういうところだ。
 こんなにも彼は私を愛してくれているのだと、自惚れてしまっても良いんだよね、と。そう思ってしまえば、頭の中にかあと血が上る。真っ白になってしまって、もう何か考えることさえ億劫だった。

「……そりゃあ、好きだよ。クーだから」
「ああ、よく分かってる」

 停止する思考をどうにか叱咤して、顔を上げて言葉を紡ぐ。自分でも何を言っているのかよく分からないままなのに、彼は笑っていた。それは、そう、──幸せそうな笑顔。
 彼がそんな顔をしている理由が私であるだろうことが、嬉しくて、嬉しくて、私も気付けば笑っていた。顔の筋肉が仕事をしすぎている。このままじゃあ疲れ果ててストライキでも起こしてしまいそうだ。申し訳ないけど、クーと居る限り君達には常に仕事があるよ、ごめんね。えへへ。
 笑い声を漏らして、彼に私の幸せな顔をよく見せてみる。彼は満足そうな笑みを讃えたままに口を開いた。

「でもお化け屋敷は連れてくからな」
「なんてことだ」

ああ、きっとこれを恋というのだ

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