転がってたどりつく先が平らだといいね
管理人室側のドアを開けた名前は、絶句していた。
出迎えた来客は、色々な意味で待っていた「イルマ」だったからだ。
「どうも。貴方が名字さんですか?」
「……はい。私が博物塔管理者の名字です」
「そりゃよかった。お時間いただいても?」
「……ええ。どうぞ、管理人室に」
写真だとかで見た時とは、雰囲気も風貌も違うな。悪周期だっていうのは本当だったか。入間を観察しながら、博物塔内部へ続く廊下と管理人室を隔てるドアを開く。来客用の椅子とテーブルを出すと、入間は一言礼を言って座った。
悪周期ではあるようだけれど、細かな行儀はちゃんとしているらしい。誰彼構わず、敬語も使わず話すこともないようだ。少しばかり感心する。
それでも許可証は、以下省略。
「早速だが、名字さん。貴方に、王の教室を開くための許可をいただきたい」
「嫌です」
「ですよねぇ!」
テーブルを挟んだ向こう側で、入間が笑う。困ったふりをしながら、仕方無いひとだな、とでも言いたげにする様に、名前は眉根を寄せた。舐められるのは嫌いだ。
けれど、怒りのまま、冷静さを失うわけにはいかない。優位を示すように、足と腕を組む。わかりやすい、拒絶の姿勢だ。それを見た入間も、瞳に真剣さを宿す。
「既に、理事長の許可は頂いています。この通り」
「ああ、そう。それで?」
入間が、目の前に一枚の紙を置く。それは確かに、理事長の認可印の押された許可証だ。
表には出さず、おや、と思う。誰かの入れ知恵かもしれないが、自分に対して出す手札としては一定の効果がある。
王の教室は、その全てが名前のものというわけではない。あれは、バビルスそのものの宝だ。けれど、「所有」を重視する名前にとって、現在の所有者に最も近い、バビルス理事長サリバンの認可印は、それ相応の重みを感じられる。
こちらを説得する材料は、存外持ち込んでいるのかもしれない。カルエゴの印は無いだろうが、バラムの印はあると見てもいいだろう。
それでも、到底足りない。
名前の強い所有欲のひとかけらでさえ、納得させることは叶わない。
入間は、テーブルの上に両肘を突く。両手指を組み合わせれば、自然、その手が名前の眼前に現れた。
中指に嵌った、悪食の指輪も。
「……ところで、名字さんは魔具がお好きだと聞きました」
「好きだよ。歴史のある物なら尚更ね」
「では、悪食の指輪にご興味は?」
かかった。
そう考えたのはどちらだったか。
少なくとも名前は、顎に手を当ててみせた。言われてみれば、まあ悪くないかな、程度のポーズ。欲の全ては見せない。
これを十分な交渉材料だと思われてはかなわない。許可証と引き換えにするには、あまりにも不足だ。「許可をくれないなら、指輪は見せられない」とされてはたまらない。
あくまで条件のひとつに過ぎないのだとして認識してもらわなければ、悪食の指輪を今見ることは不可能になる。
「お近づきの印に、お見せしようかと思いまして」
「……お近づきの印ねえ。ま、そのくらいなら『受け取って』あげる」
こちらが頂くのだとか、借りを作るのだとか、そんな風には言ってやらない。
どうぞと差し出された手の平を、両手で掴む。指を固定し、途中で逃げないようにする。これには入間も驚いたらしく、「うおっ」と小さな叫びが聞こえた。
しかし、そんなものは最早関係無い。
家系能力へ、魔力を回す。「瞬間潜像」が、悪食の指輪の姿を記録する。痛めない範囲で手首と指を動かさせ、指輪をぐるりと一周、脳内に描き出し、記録の貯蔵庫へ収める。
「お気に召しましたか?」
「貢物としてはまあまあかな」
「これ、パーツが回るんですよ。俺が実演するか、名前先生が触れるかという交換条件で、許可証はもらえませんかね」
「……へえ。後出しはしないんだ」
意外。悪魔で、しかも悪周期なのだから、そのぐらいしてもおかしくないのに。そう視線に籠めて入間を見れば、彼は神妙な顔で頷いている。
「管理者たる貴方に頼み事をしているのはこちらなんです。騙すような真似はしませんよ」
「……ふうん」
明るすぎる悪魔は苦手だ。愛想が無さすぎる悪魔も苦手だ。
けれど、その中間。真っ直ぐな悪魔は、なかなか嫌いではない。欲しくなることは無いけれど、興味を持って接するのもやぶさかではない。
興味が湧くと、そちらに惹かれるのが悪魔だ。指輪の嵌った手は掴んだまま、片手の人差し指を顎につけて、思案する。
やがて、口を開いた。
「君さあ、王の教室を開けてどうするつもり?」
「どう、とは? 生徒らしく、教室で勉学に励むつもりですが」
「それは大前提。保全の魔術はかかったままだけど、丁寧に使う、というのも含めて、当然のこと。
問題は、なんで王の教室かだよ。今の問題児クラスの教室が、劣悪な環境にあるのは聞いてる。だけど、交渉のしようによっては、わざわざ王の教室を開けさせようとしなくても良かった。教室の補修や、落書きしたりゴミを捨てたりした生徒への罰則とかね。
なんなら、私はそっちの方に賛成だ。王の教室を開けるぐらいなら、罰則の方を担当してあげてもいい。とびきりえげつない呪いがかかるようにしてあげる」
「……そりゃあまた」
入間は、呪いというワードに口元を引き攣らせていた。だが、名前としては別におかしなことでもないだろうと思う。そもそもバビルスだって、歴史ある建造物なのだ。それを損なう行為は気に食わない。──もっとも、問題児クラスにも校舎を破壊する輩が居るのだが。そちらもそちらで、呪いをかければいいだろう。
なかなか良い考えだ。些か満足な気持ちになった名前を見て、入間は口を開いた。