おざなりな白昼夢

 バビルス博物塔は、名前の通り博物館としての機能を有している。たとえ終末日だろうと、開館時間は空いているのが常だ。むしろ、終末日中の課題のため、博物塔を利用する悪魔は常より増えると言っても良かった。
 その、開館時間が終わってすぐ。
 ちらほら居た生徒たちが帰った頃、来訪を告げる魔具が鳴った。

「す、すみません。お邪魔します」
「いらっしゃい、イルマ君」

 ベルの音を聞いた名前が管理人室から見やれば、そこに居たのはかの悪魔。問題児クラスの入間だった。
 彼と名前は、約束をしていた。
 それはあの、王の教室開放の条件として提示した、悪食の指輪についての情報交換。
 彼は終末日テスト前にここに来て、申し訳無さそうに「あの、お話したいんですけど。今、その、テストが危なくて。テストの後でもいいですか」と言った。学業を重んじさせたい名前──王の教室を使うのなら、相応の生徒になってもらわねばとも思う──は、快く了承。ス魔ホの番号を教え、終末日中、閉館している頃に来るよう約束させた。
 交渉のときと同様、管理室に入間を招き入れる。けれど、そわそわと居心地悪そうに席につく姿は、「悪周期」の彼とは大きく違っていた。
 その様子を見かねつつ、名前がテーブルに書類を置く。入間はぱちくりと目を瞬かせた。

「取り決めを破ったら呪いがかかる、契約書の魔具。君、わりとカモにされそうな性格してるから。今後の勉強も兼ねて、こういうのも経験してみな」
「は、はい」
「小さな文字で面倒なことが書かれていないか、ペナルティが課される条件、有効期間。まずはそこに注意して読む」
「はいっ、ええっと……」

 書類を手に取った入間は、困惑しつつも真剣だ。言われた通り、真面目に文章へ目を通している。途中、名前と「すみません、ここってどういう意味ですか?」「ん、ああ、それは……」「……なるほど! 名字さん、説明上手ですね!」「どうも。でも、嘘つかれた可能性を視野に入れなさい」「え゛っ、嘘?」「今回はついてない。相手によっては素直に信用すると危ないって話」などとやりとりしながら、入間は最後の文字まで辿り着いた。正体が人間である入間にとって、悪魔の価値観と決まりを前提に書かれる契約書はややこしく、頭には疲労が溜まっていた。
 そこへ、名前が魔茶の入ったコップを差し出す。

「あ、ありがとうございます」
「自白剤や洗脳薬が入っている可能性」
「えっ、名字さんはそんなこと」
「相手によっては。考えて」
「……あ!」

 はっとした顔の入間が、書類に向き直る。持参していたらしい鞄からペンを取り出すのを見ながら、名前は自分のぶんのコップを傾けた。
 視線の先で、入間は書類へサインを記入し終える。

「……これで、名字さんが僕に薬を盛ろうとしていたら、名字さんにペナルティが与えられます!」
「及第点。サインの前に、もう一度内容を確認しておくぐらいの慎重さはあってもいい」

 名前は頷いて、今度こそ入間に魔茶を渡した。
 それを受け取る入間の目は、輝いていた。正確に言えば、名前に向ける目が。

「……なに、その目。なんか、居心地悪いんだけど」
「す、すみません! でも、名字さんは、僕を気にかけてくれてるんだなと思ったら、嬉しいしありがたいしで……」
「…………気のせい。私は教師じゃなくて、博物塔管理者だから。悪食の指輪関連で情報流出されたら、私側の契約がめちゃくちゃになるからってだけ」

 名前がたたみ掛ける。それでも、入間が失望する様子は無い。むしろ、輝きは強まったようで、名前は頭を掻いた。
 話を切り替えよう、と口を開く。

「とにかく。サインしたからには、情報交換してもらうよ。まず、悪食の指輪の共同所有者についてだけど……」
「ハーイ! 俺ちゃんのコトでーっす!」
「…………え?」

 指輪から飛び出した存在に、名前は硬直した。