花のふるところ

 いつも通り、博物塔の準備室で、名前先生とくつろいでいた時だった。俺はゲームをし、名前先生はス魔ホを弄っている。名前先生のス魔ホには認識阻害付き画面保護シールが貼ってあるので、何をしているのかはわからない。だが、そこまで踏み込むほどパーソナルスペースに無頓着なわけではなかったし、時折身体を揺らして笑うあたり、面白い動画でも観ているのだろう。
 お互いがお互いのことを気にし過ぎず、各々に好きなことをして、気まずくもならず、ただ心地良い。
 この場所が、俺は好きだ。
 そう思うと、逆に名前先生とひとつふたつ会話してみたくもなって、ゲーム画面をポーズにする。一応、セーブも。

「名前先生、何か面白いものありました?」
「飼い念子のおもしろかわいい動画とか。観ます?」
「観ます」

 差し出されたス魔ホの方へ、身体を傾ける。ついでに名前先生の腰に手を回すと、ひびゃっと悲鳴が上がった。念子よりこっちの方がおもしろかわいい気がすると言ったら、色々な意味で怒られそうだ。それもやっぱりおもしろかわいいんだろうなと思うと、実際に言ってみたくもなる。
 名前先生の頭越しに、動画を見終える。目の前の肩が震えていた。

「ふっ、ふふ、ね、かわいいですよね」
「俺には、名前先生の方がおもしろかわいく見えますね」
「……それは念子への宣戦布告ですか?」
「ほら、やっぱり名前先生の方がおもしろかわいいです」
「……、…………! ……、……」

 名前先生の震え方が、わなわなとしたものに変わる。何を言うべきか頭でごちゃついてしまっているようで、同じくわなわな震える口は、何事も発することはない。
 やっぱり、セーブしておいて正解だったな。
 考えながら、名前先生の足の下に手を滑り込ませる。同時に背中にも手をやれば、意図を察したらしい。名前先生が小さく叫ぶ。
 それを意にも介してあげず、持ち上げて膝の上に乗せた。暴れぬように顔を見ながら抱き締めると、名前先生の喉からひゅっと空気が漏れ出た。それ以降はほんとうに黙りこくって、俺の腕の中で身を縮こまらせた。
 抵抗されても面白いが、これはこれで気分が良い。──言い方は悪いけれども、自分の身の程を弁えるようになった、というか。俺のものなのだ、と染み付いてくれてしまっているようで。この征服欲や支配欲の凶暴さは、欲深い悪魔に生まれた以上はどうしようもない。相手を侵害しすぎない程度に自制して自重して、折り合いをつけていくしかない。
 他者にこんな欲を持つことになるなんて、思わなかったな。
 感慨深くて、名前先生の頭を撫でる。名前先生は、「確かに私が年下ですけど、先輩ではあるんですからね!」などと言って、あんまり撫でられてくれない。満更でもないくせに。
 しかし、それは名前先生側からの線引きであることは確かだった。自分とあなたはあくまで対等で、支配や被支配、愛玩し愛玩される、そういう関係ではないのだ、という。けれども、その均衡は崩れずにはいられない。──崩さずにいられなかったのだ、お互いに。

「名前先生、好きですよ」
「……知ってます」

 自分でも驚くぐらいの声色で、自分でも驚くほど自然に、愛の言葉を囁く。機嫌悪そうに唇を尖らせる名前先生は、しかし、喜びを隠せていない。
 被支配を求めて、支配を求める。そういうありきたりで暴力的な関係の中に、俺たちは少なからず収まってしまえる。
 それが良いことか悪いことか、他の悪魔はなんとするだろう。知ったことではないが。
 悪魔としての欲がそう求めたなら、それを追求してしまうのが、俺たちのさがというもの。
 かわいいひとに顎先を甘噛みされながら、そのひとを腕へ閉じ込めてしまうのが、俺の喜びだった。