08
カルデアの未来のためにできることを、今のうちからしておかなければならない。あらゆる抗争は、相手の裏を読み尽くしたものが利を得るのだ。
資料に目を通し、論理を組み上げ、穴を埋める。私の家から出せるリソースも考慮する。カルデアを守ることは、カルデアのため、というだけの簡単な話ではないのだから。
当主たる私が人理の焼却された世界を救ったこと。実際にレイシフトを行なった際のデータ。その旨味を限界まで私の家に引き寄せて、無許可でレイシフトを行なったことへの追及は限界まで緩和する。だが、一歩間違えれば責任問題の被害は私の家に降り掛かり、大災厄に変わる。それをどうやって──。
────ああ、「生きている」。
「真剣だな」
「……ベオウルフ。来ていたなら来ていたと言って」
水を差された。
霊体化してやって来ていたらしい、突然私の傍らに現れたベオウルフは、にやにやと笑って私を見下ろしていた。
なにか、わかっていますよ、とでも思っていそうな目で、あまり気分が良くない。
そんな目は、使い魔がするものじゃない。
じとりと睨みつけて、「何の用?」と聞く。するとベオウルフは、
「見学に来た」
「見学?」
何を言っているのだ、こいつは。マイルームに、見学?
「端的にかつ明確に」
「単純明快だろ。俺は本当に、ただ見に来ただけだぜ」
「つまり何の理由もないってことだね」
「……ま、そうなるな」
明らかに何かを隠した様子で、ベオウルフは返答した。主に秘匿することがあるというのか。
……まあいい。その程度の反抗に構っている程、私は暇ではないのだ。温情と言っても良い。下層の感情にいちいち配慮するのは、搾取する側のそれではない。
書類に向き直る。
瞬間、ベオウルフの顔が床と平行になって目に入った。私の視線についてくるように、身をかがめて私の顔を覗き込んで来たのだ。
その拍子で揺れた彼の手枷の鎖が、じゃらじゃらと煩く鳴く。
「……何の真似?」
吐き出す声は静かに。お互いが対等であると、勘違いでも思わせぬよう。覗き込まれたならそのまま見下ろせば良い。
見下す先のベオウルフの紅い目は、こちらを探るような、愉快そうな、興味と関心に彩られていた。ほんの一瞬だけ、ああ、こいつはかつて王だったのだったか、と頭に浮かぶ。
だが、それが何だと言うのだ。私とこいつは、今、魔術師と使い魔。それ以上でもそれ以下でもない。
「面白ェ」
ベオウルフは笑みを深める。
それは、獰猛な肉食獣のものだった。
──ぞく、と、粟立つ背筋。
「──邪魔なんだけど」
「ああ、そいつは失礼した。
本調子な我がマスターの勇姿をよく見たかったんだよ」
うすっぺらいことを言うベオウルフは先程の凶暴さを潜めさせ、ただのにやにやした顔に戻る。それもすぐ視界から消えた。身を起こした彼は、今度は私の机に寄りかかっている。
まだ居座る気だと言うのか。
「随分と暇なんだね」
「……趣味がないっていう意味では暇だが。それでもやれることはあるぜ。
温い殴り合いに過ぎないが模擬戦闘は出来るし、こうしてマスターの勇姿を見ることも出来る」
「……勇姿ね」
先程から妙に引っかかる言葉。それを復唱したのは、半分無意識だった。
ベオウルフが頷く。
「良いじゃねえか、こういうの。サマになってるぜ」
褐色の手が、指の背で机をコンコン叩いた。
ほんの一瞬、嫌味だろうか、と思う。けれどこいつがそういうタイプではないことは分かっていて、それが真の賞賛であることを受け止めるしかなかった。
ベオウルフの手が除けられるのとほぼ同時に、書類へ視線を戻す。綴られている情報が、妙に明瞭に頭に入ってきた。
ぱらり、ぱらり、と紙を捲る音と、ペン先が走る音だけが耳に届く。ベオウルフもそれきり口を閉じたからか、こちらを見る気配は感じられども鬱陶しくない。
静寂が戻って来ていた。
「……あとでレイシフトの予定を立てるよ。シャドウサーヴァントだの竜だの、まだ残滓があるはずだから」
「お、そりゃあ……、まあ良い。
期待してやる」
……それをどうして、私はわざわざ自分から破ったのだろう。
一瞬疑問に思ったものの、少しだけ苦そうな顔をしたベオウルフに、こっそり笑ってしまった。