06
セプテムの聖杯を、回収し終えた。
Dr.ロマンへの報告後も、私にはやることがある。元々私はこのカルデアでそれなりに重役を担っていたのだ、マスターとしての役目以外にも請け負っているものは多い。
そのため管制室に居座っていたものの、暫くすると休息を取るよう促された。Dr.ロマンに言われたくはないそれを仕方なく受け入れて、マイルームに戻る。
その途中。マシュ・キリエライトに声をかけられた。
「……どうしたの。マスターは?」
「い、いえ。先輩は既にお休みになられているので」
「そう」
私とは別のマスターと契約しているデミ・サーヴァントは、戸惑いがちに言った。
それなら私のこともマイルームに行かせてほしい。そう思うのは、……私が、この子と接するのが苦手だからだ。
「で、何の用? 手短にお願い」
「はい。……ひとつ、お聞きしたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
いやな予感がした。
マシュ・キリエライトの唇が、意を決したように開かれる。
「名前さんは、どうして戦うんですか」
「────」
──馬鹿馬鹿しいことを。
そう言うべきだったのに、その言葉は喉に引っかかって出て来ない。気道を塞ぐので、ひといきに飲み下した。
マシュ・キリエライトの造られた紫色の瞳は、無垢に私を見つめる。
「今回の旅は、とても困難でした。レフ教授、皇帝たち、アルテラさん。その他にもたくさんの強大な力と相対しました。打ち勝てるのか、不安になることもありました。
……けれど、私は、とても楽しかったんです」
するすると零れる彼女の言葉には、感情がありありと乗っていた。
楽しかった。ほんとうに楽しかった、と。
その瞳は遠くを見ている。きっと、今の彼女の脳裏には映り込んでいるのだろう。あの大きな青空、広がる大地、そして、己のマスターとの旅路が。
透き通った紫色はやがてすぅっと現在を映して、私に向き直った。
「名前さんは、どうでしたか」
楽しかったですか。マシュ・キリエライトは、私に聞く。
暗に言われていた。
楽しくなさそうに見えました、と。
私は、やっぱり。馬鹿馬鹿しい、と言えなくて。
「楽しかろうが楽しくなかろうが、役目は役目でしょう」
「……そう、ですね。……すみません、変なことを聞いてしまって」
マシュ・キリエライトが謝罪する。悲しそうだった。
胸がぎゅうっと詰まる。謝らせたかったわけじゃない。そんな顔をさせたかったわけじゃない。馬鹿馬鹿しいと口にするはずだったのは私で、私はそれを言わなかったのだから、マシュさんもそんなことを考えなくて良い。
一瞬のうちに駆け巡った感情。私はまた、言葉にすることはなかった。
「──でも、名前さん」
マシュ・キリエライトは綺麗な目を伏せて、言葉を続ける。
「名前さんは、生身の人間です。サーヴァントとは違います」
その表情は曇ったまま、けれど、声の響きはほんのすこし変化していた。
「……今、言ったはず。戦える者が戦うべきなの」
それに、と言おうとした言葉を噛み砕いて、場に出せる手札を選ぶ。
「魔術師はね、普通の、人間じゃない。価値観が違う」
マシュ・キリエライトは、よく知っているはずだ。
典型的な魔術師とは、いわゆる非人間的存在である。
使い魔は道具として扱う。自分の都合で命を造りだす。他存在の生も目的のためなら使い捨てる。
人だって容易に殺す。
「魔術師」とは、──私は、そういうものなのだ。
「人間」というのは、彼女のマスターのことに違いない。マシュ・キリエライトに、もし「あなたのマスターは人を殺す?」と聞けば、彼女は言葉に詰まるだろう。その沈黙は、否定だ。
彼女のマスターは、その行為が役目に組み込まれている私とは違う。
けれど、私は、やらなければならない、いや、当然のこととして行うような存在なのだ。感情を滑り込ませる理由など無く。
それが、魔術師だ。そう在るのが、私だ。
ずっとそうだった。
────そうだったのに。そうだったから。
あの背中が、頭にちらついて離れない、なんて、馬鹿馬鹿しい話だって、あるものか。